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ポジ熊の人生記

雑記ブログの育て方をメインコンテンツに、時事オピニオンや書評などを日々更新中です。

結婚が幸せか否かの論争は不毛 両家のあーだこーだも古い

男女 男女-主張・思い出


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一人暮らしがあまりにも気軽過ぎて癖になる。

 

生涯未婚率というのは年々上がってきているせいか、最近では独り身の人に対する世間の風当たりというのも、そこまで厳しくないような・・・気がする。

 

私のように2回も結婚している人は、余計にこの一人暮らしの気軽さをたまらなく感じるのかもしれない。

 

※H28/4/15更新

結婚が幸せか否か論の不毛さ

世間ではよく「結婚のメリットって何?」という論争が起こる。匿名掲示板では、朝鮮半島の南北境界線並みに荒れることもしばしば。

 

「嫁に一生こき使われて奴隷のように過ごしたいのか?」だとか「40代の独身は寂しさがMAXらしいよ」などという言葉の応酬が繰り広げられている。

 

正直、これらの論争は不毛である。

 

結婚のメリットなんぞは人それぞれであり、それが絶対的に是か非かなんて論じるべきではない。結婚したいやつはすればいいし、一生独身でいたいやつはいればいいのだ。お互いに貶めあったところで、どちらにも利益がないことは明らかだろう。

 

結婚できない=女にもてないという図式で相手を辱める、もしくは卑屈になっていじけてしまうケースも良く見るが、これは言うほうもイジケルほうも大人になって、あえて口に出さないスマートさが欲しい。

 

人生は結婚ありきではない。不本意な人生を送るくらいなら、独身で気楽に一生を終えたい。もし一緒に暮らす女性がいても、内縁で支え合う関係で十分。制度に縛られる必要はないと思う。

 

自分の全てを打ち明けて、それでいてなお一緒にいたいという稀な思想を持ってない限りは、もう誰かと一緒にいたいとは思えない。

 

後記(H28/4/15追記)

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やさぐれじゃなく、素でこう考えるようになった。結婚というのは、つくづく社会的な儀礼であるなと。

 

あとは両家の縁を目に見えるものにするための制度でもあるのかなと考える。これが余計なしがらみを作っているのだと思うけどね。

 

子供の人生は親のものではないし、介入するものでもない。子が親を大事にしよう、だとか相手の家族にも関わっていこうと考えるのは能動的行為で、強制であってはならない。ポーズだけでは本人の意思が介在せずに形骸化したり殺伐となって余計に破たんへ向かう可能性もある。

 

誰かと支えあっていけるのは素敵なことだけど、自分の本意ではない別の家庭まで支えなければいけないという義務が生ずる世界というのは、もう古い。

 

家庭の細分化が進んでいる現在は、自分の手の届く範囲で背伸びしない責任を背負わせるのが自然な流れではあるまいかね。これが背負いきれなくなったりして破たんする家庭もあれば、背負いたくない人もいて未婚化が進むんでしょ。

 

「両家のあーだーこーだ」本当に面倒。人間的に惹かれるのであれば、自然とコミットするという話です。