読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

ポジ熊の人生記

雑記ブログの育て方をメインコンテンツに、時事オピニオンや書評などを日々更新中です。

こんにゃくメンタル最強!怒りやネガティブ攻撃には喜怒哀楽を殺せ

心-助言


スポンサーリンク

こんにゃくメンタル最強!

繊細で、他人の顔色をひたすら伺っていた子供時代。それは社会に出てからも続き、それがゆえに誰かと同じ空間にいることをできるだけ避ける傾向にあった。とにかく他人の怒りやネガティブな感情が苦手だ。得意な人は少ないのだろうが、僕は特に機敏に反応してしまうタイプなのだと思う。

反抗

子供時代は誰かの怒りに対しては怒りで反応していた。「馬鹿野郎!」と言われれば「お前がな!」といった具合に、売り言葉に買い言葉、とにかく対抗心をむき出しにして応戦していた記憶がある。

これは自衛行為の表れで、かつ、受け流すほどの自信が自分になかったものと思われる。まだまだ未熟だった時代だが、子供なんてのは、こんなものなのだろうなと今更ながらに納得する。

なお、こういった負の感情に対して反抗心を表せない弱気な子供もおり、その弱さに付け込んでひたすら攻撃を繰り返すような卑劣な輩もいた。ここから拗らせて悲惨な虐めに発展していくのだろう。これはまた別の話だが。

迎合

社会に出た。当然、怒りや負の感情はあちらこちらから飛んでくる。子供の頃よりも大人の世界の方がそれが発出されるにあたり何らかの理由づけがされるので厄介だ。無邪気な童心からくる悪意ではなく、何らかの目的を持って発せられた悪意というのは、時に人の心をえぐるものであり、逃げ場は少ない。

これを回避するために自分が取った行動は「迎合」である。平たく言えばご機嫌取り。あたりさわりのない案件であれば相手に合わせたほうが摩擦が少なく、それによりネガティブな感情を避けることができる。

今までのような「売り言葉に買い言葉」方式で我を押し通せるのは、特別なスキルを持った絶対者くらいのもの。会社に入って間もない新人が逆切れを起こしたところで、あっという間に孤立するのは目に見えている。「喧嘩をしても良いことなし」その結果、簡単に実践できる迎合という処世術を無意識のうちに身に着けたのだね。

これには弊害もある。やはり、自分の意に反して太鼓を持つことも往々にしてあり、そんな時は自分に嘘をついたことによるフラストレーションがたまっていくのだ。腹の中は煤けて真っ黒になり、時に顔に出て指摘を受けることもある。溜めすぎも良くないのかもしれないが、それでも喧嘩するよりはマシという付和雷同の心境に辿りついてしまう。

基本スタイル「迎合」は変わらないのだが、ここ一年で明らかに変化したのは他人の怒りやネガティブな感情に対する対処法である。「反抗」では怒りで応戦、「迎合」では自分が折れる。では「無」という対処はどのようなものか。

それは一切の感情を殺すこと。当然、表情も無になる。今まで誰かと口角を上げて笑顔を会話していても、誰かがネガティブな感情をぶつけてきた時は、まるで機械にでもなったかの如く対応するのである。

まるっきり無視するのではない。そんなことをすると相手の感情を逆なでして、余計に事態を拗らせる。「無視」は「反抗」に勝るくらい強烈でネガティブな行動なのである。無視をするわけじゃない、相手の話もしっかりと理屈で自分の中に落とし込む。当然、問いかけに対しては適当な返事を返す必要がある。だが、揺れないのである。喜怒哀楽の感情を一切殺し、ただただ機械的に相手の言葉を聞いて相槌を打てばよい。

「無」対応では、相手の思惑を打ち消す効果がある。具体的には、煽り目的で過剰に批判するだとか、大きな声で恫喝するだとか、そういった「揺さぶり」を無力化できるのである。思惑とは何か、それはこちらを怒らせることまたは悲しませることによって足元をぐらつかせようというもの。「何だと!」と顔を真っ赤にして論拠の薄い感情的なことを口走ったり、めそめそと泣き顔を見せてしまえば、それは相手の思うつぼ。周りにも「あいつは所詮、その程度か」という風な印象を与えてしまい、自分の立場が弱くなってしまう。揺さぶられないためには、感情を殺して対処する必要がある。

 

感情を殺すには

怒りやネガティブな感情は、自然な状態では受け入れがたいもの。やはり怖いし、恐ろしいという根源的な気持ちは手放しでは消せないだろう。では、いったいどうやって「無」を実践すればよいのか。以下にその方法を述べる。

日頃から感情の抑揚をコントロールする

弊害、ともいえるが、このような「無」の対処ができるようになった時、同時にあなたは一切の出来事に対して感情に波のある惹起が極端に減る。諦めの境地に近いかもしれない。怒りや悲しみが消えることは素晴らしいことだが、どうも表裏一体な喜びや楽しさまでもが希薄になってしまう。

だが、こうでもしない限りは、誰かの怒りで自分が揺れ動いてしまう。日頃から感情をコントロールしなければ、ダークエネルギーを受け流す素地というのは育たないのだね。

怒られる前にスイッチを入れる

「ちょっとこい」なんて般若顔で呼ばれたあとには、たいてい、面倒なお説教が待っている。こんな時は自分の中の「無」スイッチを入れる。

日頃から誰かと接している際に常に「無」状態だと、相手から病気だと認定されかねない。ここでは少しばかりでも感情の起伏を呼び覚まして、表情を作っておいたほうが円滑なコミュニケーションが取れるだろう。

だが、怒りをぶつけられそうなタイミングでは、やはり意識的に自分を無にしなければ、足元をすくわれてしまうかもしれない。心を揺すられるかもしれない。なので、しっかりと盾を構えて相手のネガティブな感情を待ち構えるようにすべし。

 

こんにゃくメンタル最強

「無」を習得してからは、どんなに怖いと言われる人から怒号を飛ばされても、心がほとんど揺れなくなった。相手も、こちらが不動のメンタルで臨んでいるというのが態度や面構えで解るらしく、すぐに諦めてくれる。

力による対抗というのは、それと同程度の力をぶつけるというのもひとつの方法だが、それには大きなエネルギーが要る。それ以外で身に着けるべき有効な手立てとしては、「こんにゃくのようなメンタルをつける」というものが挙げられる。どんなに攻撃されても、原型は失わない。手ごたえも感じない。このような対処法も有効なのだということを覚えておくと良いだろう。

同じ力をぶつけて「反抗」した場合は、周囲に火花が飛んで、時に飛び火することがあるんだよね。だから、できるだけこういう対処はしたくない。「無」であれば、どんなに大きなエネルギーでも衝突することがなく、エネルギーが虚空に吸収されるから周りを巻き込まなくて済む。事後にも「あいつは相当怒られて、表情すら消えるくらい落ち込んでいるみたいだ」なんて錯覚してもらえれば、当たりも良くなって仕事がやりやすくなる。有り難い話だ、こちらはゆでだこみたいに怒っている人の顔を見て(大丈夫かな、この人)くらいにしか感じてないのに、同情まで頂けるのだから。

 

こんにゃくメンタル戦法の弱点は「不意打ち」だ。いきなり、予想もしていないところからネガティブな攻撃を受けた時にまだ体勢が整っていない場合が多く、油断すると「対抗」や「迎合」を発動しかねない。

ハンター×2で例えるならばオーラを発動していないのにいきなり攻撃を受けた状況であり、とある魔術の禁書目録でいえばアクセラレータが力のベクトルを変える作業の前に攻撃を受けるようなもので、やはりそれら攻撃には準備というのが必要ということだろう。ここら辺は伝わらない人には申し訳ないが。

 

以上、他人の怒りやネガティブな感情に対応するために実践している「無」について語った。

 

あなたにおすすめの記事

ストレス0の恐怖!喜びや愛情が麻痺する人たち~ストレスパラドクス

怒りを抑制する意識と前向きな反芻・消化がトラブルを回避する

8つの怒りコントロール法~アンガーマネジメント