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ポジ熊の人生記

雑記ブログの育て方をメインコンテンツに、時事オピニオンや書評などを日々更新中です。

PK(プレイヤーキラー)は悪なのか?~ゲーム内の殺人者について

ゲーム ゲーム-思い出


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かつてネガティブ要素を含め盛り上がったUO

10年来、ネットゲームをプレイしていた僕が、PKに対する思いを語ります。

記事内の略語は以下のとおり

  • MMO:大規模多人数同時参加型オンラインRPG
  • UO:ウルティマオンライン
  • PK:プレイヤーキラー、プレイヤーキル
  • PvP:対人戦
  • NPC:ノンプレイヤーキャラ、モンスター

PKとPvPはどう違う?

PKとはプレイヤーキル、つまり殺人です。オンラインゲームプレイ中において他のプレイヤーを殺害する行為。これがPvPとどう違うのでしょうか。

 

人同士で同じシステムを用いて戦う、という意味では線引きは曖昧かもしれませんが、僕の中でここは強く線引きされています。それは戦う意思があるかどうか。

 

人同士で争いたいプレイヤーばかりではありません。やっぱりここって、独特のフィールドだと思うのですよね。NPC相手になら、自分のテクニックを駆使して相手を滅多打ちにする爽快感を味わえる。だけどPKやPvPのように意思を持った人間が操作しているキャラを攻撃するというのは、とってもハードルが高い。技術的にも、心理的にもです。

 

本当に駄目な人は駄目です。PKじゃなくとも、競技的な意味合いの強いPvPでさえ忌避する人も少なからずいます。それなのに、一方的にそれを仕掛けられて自分のキャラが無残にも散っていく様は、本当に辛いものがあるでしょう。

 

つまり、戦う意思なのですよね。生産キャラで鉱山を掘ったり裁縫して暮らしたい無辜のユーザーが、一方的に攻撃を仕掛けられて殺される。これは戦う意思があるとは言えません。一方、PvPの素養が少なからずあり、反撃の手段や心構えを持ち合わせているユーザーが相手に応戦した場合は、この時点でPvPカラーが色濃くなるのかなと。

 

不意打ちの是非は昔から語られてきました。どんなに強い相手でも、不意打ちにより時には卑怯にPKを遂行したとすればそれはPKである、と断じる人もいます。いやいや相手は手練れで普段からPKやPvPをやっているのだから、やられる方が悪い、などなど。賛否両論でした。僕的には戦う意思のない、反撃の手段を持ちえないキャラクターを攻撃して屠る行為はすべからくPKとして断じられるべきだと、ずっと考えていましたね。だって、その人が被る心理的な負荷は、察して余りあるものでしょうから。

 

僕とUOとPK

UOの大規模ギルド代表を務めてひたすら消耗した思い出とか語るわ

かつてUOにひたすらハマった経験があり、それはこの記事に集約されていますので参考にしてください。今回はUOをプレイし始めてから僕のPKに対する心の移り変わりなどを記します。

 

始める前から「UOはPK天国で殺伐としている」という前評判を聞きかじっておりましたので、多少の覚悟をもってブリテイン(UOにおける首都)に降り立ったのを記憶しています。はじめは冷やかし半分で始めたものですから、そこまで自分の作り出したアバターに執着はなかったのです。

 

しかし、プレイして数か月を経過した頃でしょうか、ゲーム内にも自分の居場所を見出してからは、途端にPKされるのが恐ろしくなった。感情移入というか、社会所属の一端がゲーム内に移ってしまって、そこで確かなパーソナリティを形成してしまったのですね。これがドツボにはまるとネトゲ廃人と呼ばれるものになり下がるのでしょうが、結果的にはほぼ廃人になってしまったのです(笑)

 

さて、PKを恐れる気持ちは次第に肥大化していきました。丹精込めて育て上げたキャラを、相手の悪意により無残に殺される。こんなことがあってたまるものか!なんて心の底から思ってましたね。だから犯罪のない世界(トランメル、以下T)に引きも盛りました。

 

犯罪やPKが可能な世界(フェルッカ、以下F)には足を踏み入れないようにした。これで犯罪のない綺麗な上辺の世界で安寧な生活を堪能できる。そうしてボケたかボケてないかもわからない、危機感の欠如したプレイヤーが一人、誕生したのです。TとFが分かれてから、Tの危機感のないユーザーへの揶揄は、早々に噴出しました。ゲーム内でも、ネットでも。いわゆる「トラメラー」という批判がベテランから相次いだのですねー。

 

多くの賛否を呼んだ犯罪の分離。これを主導したのは紛れもない運営です。ユーザーから、要望の声が高まったからこそ、このような仕様変更を実装したのは言うまでもないでしょう。マジョリティに合わせなければ、ゲームは衰退する。それは世間と一緒ですね。つまりPKを是としないプレイヤーが増加したということなのでしょう。

 

ベテランになるにつれて刺激のないTから荒くれものが跳梁跋扈するFへ移行する。このパターンは例にもれず僕がそうでした。徐々に引き込まれるPvPの世界。主に競技的にですが、相手と腕を競い合う日々はそれはそれは充実したものでしたよ。

 

PKを討伐するチームを結成したのをきっかけに、派閥抗争や街戦争などいろいろなコンテンツに参加していく中で、それでも平和に過ごしたいユーザーが増加の一途を辿るのを目の当たりにしてきました。「今日はあの鉱山でやられた」「家の中にいたのに殺された」など、その悲鳴は聞くに堪えぬものばかり。

 

僕はPvPに適性があって、PKシステムを始めとするネガティブなものへの抵抗は次第に薄れていきましたが、そのような殺伐な雰囲気が次第に薄まり、犯罪者が淘汰されていく流れは止まることがありませんでした。

 

結論ですが、PKは卑劣で悪行だと考えています。無辜のユーザーを屠る権利などは、いちプレイヤーには持ちえないと。しかしながら、それはシステム上、ゲームを盛り上げるための一要素であり、排除するよりもこのようなネガティブな効果を含め魅力として利用すべきだったんじゃないかと思うのですね。「PKが許せない!討伐する!」こういう義憤にかられたモチベーションもまた、ロールプレイングの醍醐味になり得る。ハマった当時は、まさにこんな気分だったのです。

 

PKが衰退した理由

TとFを分離、つまり楽園と犯罪を分離した時点で、崩壊の序曲が奏で始められていたのでしょう。人間というのは本来、残酷であり慈悲深くもある。それが混在しての人間というのが本質です。つまりはカオスなのですよ、一貫した秩序ある社会など、形成しえない。だから、TとFは分離するべきじゃなかったのです。お互いに混在し、干渉しあうことで初めて面白さが滲み出るもの。

 

しかし、多くのユーザーがPKを忌避してそれを運営側にぶつけた結果、仕様を変更せざるを得ない状況にまで陥ってしまったのです。これは避けるべき改革だったのでしょうか?どうも、不可避のような気がするのですよね。

 

MMOにおいても、個人主義の波が到来している。怪我と病気は自分持ち、人同士のコミュニケーションは最低限で、とにかく自前で賄うこと。だからPKを始めとして色々な要素で相手に立ち入ることは前時代的であり、野蛮である。こういう風潮が、PKシステムを衰退に追いやった背景ではないでしょうか。結果、プレイヤーの総数が減り、ゲーム自体が衰退した。

 

連携して何かを成し遂げる、良くも悪くも社会の一部として全体の流れで動く。システム上、相手に干渉できる要素、とりわけPKなど強烈に立ち入ることのできる暴力的な要素も、ゲームを盛り上げるためのひとつの重要なパーツである。こんなふうに受容されてきた世間の意識が生きているなら、昨今のようなMMO衰退は起きなかったのではないでしょうか。

 

おわりに

PKは否定してもいい、だけどそれはロールプレイングとして否定すべきだった。時には口汚くでも、やられた無念をゲーム内で吐露してもいい、反撃するために己を鍛えあげても良いのです。それはそれでひとつの楽しみになるじゃないですか。少なくともノーストレスで無刺激なゲームライフを送るよりはずっとマシです。

 

おかしくなったのは「システム」を変えてしまったこと。これは根本を覆す行為にほかなりません。つまりネガティブなロールプレイを全否定してしまった。これでは、酸いも甘いも含めて、殺伐とした雰囲気の中でもゲームを楽しみたいというアクティブなユーザーのプラットフォームを消し去ったに等しいですよね。だから衰退してしまうのです。

 

ちょっと乱暴でしたね、「だから衰退」というよりも時代の潮流に逆らえなかった、とするほうが正しいのかもしれません。先述の個人主義について、ですね。立ち入らない、自分のことは自分でする。それをシステムが擁護して、かつて刺激的な魅力を放っていたコンテンツが衰退する、と。まるで滅亡に抗えぬ文化の衰退を目の当たりにしているようで、どこかもの悲しい思いがします。

 

盗み、盗まれ、殺し殺され、時には罵詈雑言の応戦までした戦乱のMMOは、かつて賑わったブリテインを背景にして走馬灯のように流れています。群れなければ殺された、だから徒党を組んで生き抜いた、そんなネガティブに抗うロールプレイというものは、もう堪能できないのかと思うと少々残念ではありますよ。

 

現実世界でこのようなことがあってはいけません、だからこその代償として楽しむのがMMOであり、ロールプレイングだと感じるのですがね。また、いつかカオスで魅力的な世界が誕生して、大衆に受け入れられる時代が来るのでしょうか。わかりません。

 

ネトゲがつまらなくなったのではなく、変わったのは自分だった

↑時代のせいにはできませんね、もちろん「変わった自分」とゲームの関係も大いにあるのでしょう・・・

 

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