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ポジ熊の人生記

雑記ブログの育て方をメインコンテンツに、時事オピニオンや書評などを日々更新中です。

稼ぐし料理家事もできる「完全自立型人間」は結婚を遠ざける

男女 男女-結婚


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料理のできない旦那を世話する女房

昭和の老夫婦を見ていて感じたこと。

依存が夫婦の絆を強固にする

代表的なのは料理。色々な食材を使って栄養価の豊富な「料理」を作る嫁さんに、食生活を依存する。いないときは冷蔵庫にあるものを漁って食べたり、下手に調理して焦がした中途半端な男の料理で「詰め物」として物を食い、あとで叱られたりなんかして。

 

晩年、くたびれていく爺さん連中を見て思うのは「この人たちは奥さんに依存して夫婦生活を継続できたんじゃないか」って思った。いないと死ぬ、それぐらいにずぼらでマメさがなく、経済力以外の生活力がまるでない。

 

きちんとした食事を作って、旦那さんに食べさせる奥さんがいたからこそ、それなりの病気をしつつも平均年齢あたりまで生きる。お陰様というか、そのように口には出さずとも「嫁がいないと生きていけない」このような潜在意識が根底にあるからこそ、下手に価値観に意味を見出して離婚という選択肢に踏み切らないんじゃないかな。お互いに領分をわきまえているというか。

 

掃除や洗濯、育児にしても完全に相手に任せていればやはり生活の基盤を安定させてくれるのは奥さんの存在が大きいわけで、一緒にいないと困るという気持ちを持ち続けることができるよね。

 

完全自立型人間は結婚を遠ざける

育メンだかなんだか知らんが、とにかく家事育児ができる男性がもてはやされる時代、料理は作れて当たり前になっている。モテる男子の条件にも、このようなものが混ざりこんできているよね。

 

夫婦どちらにしても病気したり、妊娠出産などで家事に手が回らなくなった時にパートナーを補完して家庭の危機を乗り切るというのは大切なことだと思う。片方にすべてを任せているからと言って、困ったときにまで負担を迫るのは良くない。だけど、基本的な領分というのはやはり必要なんじゃないか。

 

台所は嫁さんの聖域だけど、経済的な部分は旦那さんが担うだとか。逆でも良いよ。とにかく良い意味で相手に依存する部分が必要。どっちも全部できてしまうと、夫婦である意味を見いだせなくなってしまうんじゃないか。「自分で何でもできる」ってのは悪いことじゃないけど、じゃあ二人三脚でやってくうえで相手のどこに体重を預ける?

 

なまじっか万能タイプの自立型人間は、結婚を遠ざけると思う。だって、相手に何かを任せる必要がないんだもの。結果として、へたな対等感を常に持ち続けるが故に一緒にいる意味が見いだせなくなったり相手に不満を持ち始めてしまう。感謝の心が薄れてしまう。こういう人は「いいよ、全部自分でできるから」って開き直ることができる。

 

どこで支えあうか

料理・家事・育児・経済的な面で相手に依存できる部分があるなら、それを感謝の気持ちに変換して歩んでいけば長続きするだろう。「旦那はこういう嫌なところがあるけど、稼いできてくれるから」だとか、「奥さんは口うるさいけど、料理を作ってくれる」だとか、こういったところで目に見えない婚姻継続の絆が強化されるのだろう。

 

僕は万能じゃないけど、一通りできる。だから誰かに何かをやってもらわなくても、生活に困らない。給料も悪くないし稼ぎも安定してて、墓場まで自力で行ける。だから、結婚に対してそこまで重要性を見いだせない。もし、今後誰かと一緒になってそこに意義を見出すのだとしたら、精神面で支え合うような関係を模索する必要があるのかもしれない。

 

身体だけの関係では長続きしない、かといってやってもらいたいハード面での生活作業はないので依存しようとは思わない。さて、どうしたもんかな。これなら下手に料理なんて作れないほうが良かったのかなとも思うね。

 

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