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ポジ熊の人生記

雑記ブログの育て方をメインコンテンツに、時事オピニオンや書評などを日々更新中です。

サラリーマンとブログを天秤にかけるほどの器は無い

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サラリーマン

仕事をしながらブログを書いているが、有り体に申すとサラリーマンは辞められない。

天秤にかけること

サラリーマンを辞めてブログメインのフリーランスで生きていくという宣言エントリーに対して、賛否両論の耳目を集めた記事を見て思う。「よほど大きな覚悟を持って決断したんだな」と。色々な事情があって、それでもこのような大胆な舵を取る。何の担保もない、保証されない道なき道を行く勇気ある決断。すごい。

 

とてもじゃないが僕にはできない。今の状況でサラリーマンを辞めるなんてとんでもない!状態。借金もあるし、ブログや物書きで食っていけるほどのスキルもない。僕がもし同じことをやろうとしたら、周囲は全力で止めるだろう。多くの人は、この行為を勇気ではなく無謀と見るはずだ。

 

個人的に、よほどのことが無い限りサラリーマンを何かと天秤にかけることはないだろう。それだけに安定感があり、お金で動く世の中を生きていくうえで主となるもの。もしサラリーマンを辞めるとすれば、3億円の宝くじに当選したか、仕事を継続できない病気を患ったかのどちらかだろう。

 

ひとそれぞれで見方も違うだろう。これに「腹が無い」と痛言を述べる方もいると思う。でも、色々なもの(主に金銭的な)をしょい込んでこれからこの社会で生きていくのであれば、誰に何と言われようとサラリーマンにしがみついてでも生きていく必要がある。鉄面皮になっても良い。

 

畢竟、自分には脱サラして雇われない人生を選択するキャパはない。ブログと天秤にかけて針が振れるような器は持っていないのだ。「コミュニケーションの煩雑さ」と「自分らしく生きていく」が相撲をした結果がこれ。30代半ばのスキル無しなんて、コミュ力で生きていくしかないんよ。

 

サラリーマンができるなら

まず、社会保障や福利厚生もろもろ、受けている恩恵が絶大なこと。これがサラリーマンでいることの大きな利点である。手続きの煩雑さもなく、総務に所属するものがそれらを執り行う。それでいて月々、所定の金額を給料として受け取ることができ、年に2回の賞与もある。安定を形にしたようなものだ。

 

また、外を歩いていても肩身が狭くなることはないこと。これも大きい。「○○商事に勤務しています」これだけで多くの信頼を得ることができる。ローンを組む時でさえ、自分の社会的立場次第というところがあり、綺麗ごとではない。人間の価値は職業では決まらないが、悲しいかな、社会的信用は職業や知名度で決まってしまう。

 

以上の事から、「仕方なく背負うもの」としてことさらにサラリーマンを悪く言うつもりはなく、むしろ一定のコミュニケーションスキルを持つものはサラリーマンを辞めるべきではないと考えている。

 

会社で病んでいくのは、対人関係で潰れていく者たちである。仕事内容が困難で心を病んだ人間は、いまだかつて見たことが無い。それほどまでにコミュニケーションスキルの有無は死活問題なのだ。アドラー曰く「人間の悩みは対人関係がすべて」まさにその通り。

 

基本的に人と上手くやれて、癖のある人とも当たり障りなく接して病気にならない程度のメンタルを保てるあなたは本当に運がいい。是非ともそのまま安定した足場を維持してはいかがだろうか。取るに足る生活をして反社会的な行動をとらぬ限りは、色々なものが保証されるだろう。

 

嫌なことを言われても愛想笑いをし、時には笑われ者になってもひたすらに道化を演じる。あとは真面目に自分のやるべきことを背伸びせずにこなしていくだけ。これだけで、たったこれだけのことでこの社会で安定して生きていけるのであれば、これほど楽なことは無いよ。

 

ここにブログを添えることができれば、精神的により楽になることができる。

 

ブログの存在価値

会社にはもちろん、ブログのことは言ってない。書きたいことが書けなくなるというのもひとつの理由ではあるが、大きな理由は「自分が認められる場」を会社以外で作ること。

 

いくらコミュニケーション能力がそれなりにあるとはいっても、会社で多少の摩擦によるストレスは生じるし、大きく落胆する日もある。そんな時でも、意思を発信してレスポンスを受けることで精神を調律するためのツールとしてブログは機能する。

 

誰かに嫌味を言われても、不必要な部分は聞き流せる。ブログを始めてからは「この人は何を言っているのだろう」と俯瞰視すらできるようになった。自分が認められるのは会社だけじゃない、クビにならなければ何を言われようが知ったことではない、このような境地に達した。

 

今回のテーマ、主は「経済的支柱としてサラリーマンは替え難いもの」であるが、精神的なリスクの分散という意味ではブログは非常に大きな存在。もちろん、お小遣い程度の収益もあるが。

 

当然、サラリーマンができないからといって、社会から抹消されるわけではない。

 

対人関係がどうしても駄目

こういう人間は一定数いる。今まで、これといって決定的な要因が見つからずして対人関係で心を病み、辞めていった社員を何人も見てきた。思うに、「努力でどうこうできる問題ではなく、気質も関わってくるのかな」と。根性なし、などと切って捨てる人間もいるが、人間関係に根性を出せるかどうかも問題だろうし、単純な話ではない。

 

コミュニケーションスキルを何らかの要因で持ち得ない人たちが生きていく場として、インターネットは無限の可能性を秘めている。もし僕が人とうまくやれないのであれば、おそらく電子の世界で食っていく方法を無心に学ぶことになるだろう。ここに救いはある。

 

どんな人にでも、門戸が開かれている。サラリーマンができないからといって人生を諦める必要はないし、まだまだ未来を切り開く道はある。心病んで若しくは何らかの決断によりブログを中心としたフリーライターとして生きていくという選択肢を選ぶことも、決して間違いではない。「楽をして生きていきたい」という理由でサラリーマンを止め、担保のない未来に舵を切ることが無謀なだけ。

 

ただ、やっぱりサラリーマンはブログと天秤にかけられるようなものではない、というのが個人的結論。

 

まとめ

  • サラリーマンとブログを天秤にかける器は無い
  • サラリーマンは安定・社会的信用を得ることができる
  • ブログを添えることで認められる場を増やし、精神的調律を図れる
  • コミュニケーションスキルは気質の問題もあり単純ではない
  • 対人関係が駄目な人にも無限の可能性を秘めているのがインターネット

 

以上、持たざる者の言

 

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