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ポジ熊の人生記

雑記ブログの育て方をメインコンテンツに、時事オピニオンや書評などを日々更新中です。

交際期間に関わらず「あなたのことがわからない」と言われ恋が終わる

男女


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人に頼れない、甘えられない・・・

人に頼れません、甘えられません。

 

家族も友人も職場も異性関係も駄目。全部自力でやってやる思考。

 

疲れた時に愚痴ったり寄りかかることも苦手だし、とりあえず自分で何とかしようとギリギリのところまで頑張る。それで何とか乗り切れるから破綻せずにここまできたけど、これ、知らんうちにストレス溜めてるかもしれない。

 

自分でできるものなら、なんでも自分で解決したい。この考えの中には「自分で物事を進めたほうが何事も捗る。他人と歩調を合わせるのはいささか疲れてしまう」という協調性のなさも露呈しているような気がします(-_-;)

してもらっても「申し訳ない」が先行

 

頼れない!甘えられない!とはいえ自分一人で生きているわけではなく、知らないうちに色々な人からの支えがあって今を生きているのだと思います。これは間違いなくあるし、意識もしてます。ここには感謝したいところ。

 

ただ、それを具体的な形で実感した時に「ありがたい」よりも「申し訳ない」の気持ちが先行する。正直これ、健全とは言えないよねぇ(´・ω・`)

 

相手は良かれと思ってしてくれていることに対して「ごめん」といわれると、まるで悪いことでもしたかのようなマイナスの感情を起こさせてしまいかねない。「ありがとう、本当に助かってる」って言われた方が嬉しいに決まってるのですけど。

 

人は頼られると嬉しいはずなんだけど

僕自身もそうだし、世の中の大多数の人は誰かに頼られると悪い気がしないんじゃないですか。だから、困ったときに誰かを頼るというのは、人と繋がるという意味では意義が大きいように感じます。

 

ですが、僕のように半ば意固地になんでも自分の力でやるんだって考えている人は、この頼り甘えることで生み出す喜びや依存を生み出すのが苦手なんじゃないかな。「どうして人に頼らないんだ」とか「もっと甘えて良いんだよ」って何度も言われたことあるけど、その意味はいまいちわからんのですよね。「あぁ、そんなもんなのか...」なんて理解できずに、また孤軍奮闘(自分の中では)を始めるんです。

 

共感力は高いほうだと自認していますし、人の悲しむ姿は見たくありません。困っている人を忖度して救いの手を差し伸べることもやぶさかではなく、むしろ積極的に誰かの助けになろうという姿勢で生きています。

 

しかし、頼れないのです。

 

何かにとりかかろうとする際に「自分でどうやって取り組めば最も早く処理できるだろうか」という思考になる。明らかに複数人で取り掛からねば煩瑣な量の作業であったとしても。

 

さて、次は主題でもある恋愛関係のお話。

 

あなたのことが良くわからない

誰かに本音を見せて体重を預けるのが苦手なのかもしれません。

 

頼れない甘えられない、の害が色濃く出るのは異性関係ですね。

 

基本的に僕が我がままを言うことは滅多になく、「相手がどう思うか、何がしたいか」を軸に考える傾向にあります。自分がどうしたいのか、は2の次3の次。何か苦労をする際にも自分ができる限りの分量を背負おうとする。

 

腹を見せるのが怖いのかもしれません。もっと弱音を吐いて、駄目なところを見せて、相手に思いっきり頼ればいいのに。それで相手がもしピンチの時は今度は自分が助けになろう、くらいの気持ちが一番丁度良い思考なのだと思います。ですが、それができないのですから困ったものです。

 

最終的にどうなるのかといえば「あなたは優しいけど、結局良くわからかったわ」で終わる。う~む、なんという的確な...これぞまさに正鵠を射るってやつでしょうか。相手に踏み込む勇気がないものだから、どれだけ交際期間を経てもパーソナリティを理解されずに終わる。もちろん、それは僕の責任であります。だって、本性見せてないんだから、わかりようがないですよね。

 

恋の終わり方は様々で、自分からのこともあれば相手からのこともあります。ですが、終わるころは薄い関係で熱も冷めている頃であり、おおよそ「ああ、頃合いだね」的に幕を下ろすことがほとんどです。しかし、仲が悪くはなりません。泥沼の喧嘩をして別れたわけではなく、「相手の得体が知れない」がために深い仲になれなかっただけですから。

 

喧嘩をするカップルが羨ましくも思います。そこまで自分の本音を晒して激突できるのは見事です。僕は嫌なんですよね、喧嘩。なぜなら罵詈雑言の類が飛び出してしまうと、それが霊力を帯びて一生付きまとう咎になるような気がするのです。吐いた唾は飲み込めない、覆水盆に返らず。感情的になれば、その危険性は高まります。

 

喧嘩をすれば深い仲になれるのかといえば、一概には言えないと考えます。やっぱり馬鹿あほ間抜けが出てしまうと、途端に拗れた関係になってしまいますから。お互いに冷静に意見を述べ合って擦り合わせができる関係が理想です。

 

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おわりに

人に頼ったり甘えたりする心理というのは、僕にとって高次元です。相手を利用したり貶めようとする狡猾なものではなく、人との繋がりをより強固にする絆としてそれを機能させるならば、根底はに相手への信頼と、まずは自分を認める度量が必要だからです。

 

きっと僕は、まだ自分に対して半信半疑なのかもしれません。その存在を当たり前のように容認できてないのかもしれない。だから相手に対しても信頼や安心を感じることができないし、結果として頼れず甘えられずな思考になってしまうのでしょう。

 

ここまで自覚できているのなら、これから目指すところは「自分を認める」という自己肯定、そこから他者信頼という社会的なステップになるでしょう。ただ、そこを目指すための方法は僕の中にはありません。正直、暗闇の中を手探りで歩いている感覚に等しいです。

 

人に頼る、甘えることのできる人生を送る。きっと困難を極める道だと思います。ですが、今のままではきっと立ち行かなくなる時が来るでしょう。今回は異性関係を主題にしましたが、他者との関わり全般においてこれは言えること。

「信頼」という次のステージへ進むための壁に、僕はいまぶち当たっているのかもしれません。

 

こういう悩みを抱えている人が読んだら良い書籍などがあれば、是非とも教えてくださいませ(;´・ω・)