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ポジ熊の人生記

雑記ブログの育て方をメインコンテンツに、時事オピニオンや書評などを日々更新中です。

【読書】本を100冊読んで起きた変化~語彙増・思考癖・口数減など

心-知識


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この9か月間で約100冊の本(漫画や図鑑を除く)を読んで、自分の中に起きた変化について記載していく。

語彙増

読書していて、自分が知らない漢字に出くわしたとき、それを読めないままにせず、辞書を引いてつど読み方や意味をかみ砕くことを心掛けた。結果、本を読んでいても知らない言葉は明らかに減った。

読書における漢字など言葉の解読力のみならず、日常会話における語彙も明らかに増えたように思う。従前までは表現するのにやや冗長になるような表現も、一語で表せるようになってきた。

ただ、相手も言葉の意味を知っていなければ伝達の目的を果たせないので、場合に応じた言葉の選び方は必要ではある。読書を重ねるにつれて、今まで同じ語彙力で会話をしていた人たちとのコミュニケーションにおいてどこか物足りなさを感じてしまうという部分にジレンマを感じることが増えてきた。このまま読書を重ねても、目線を合わせて意見を交換できるような人に出会いたい。

思考癖

「癖」というとネガティブな印象を受けるかもしれないが、ここでは前向きな効果であることを述べたい。

従前は物事に対して無思考で答えを出す節があり、直入力タイプであった。良く言えば迷わない、悪く言えば考えなしである。反射で物事を決めて、幾度となく失敗してきたにも関わらず、その気質が変化することは今まではなかった。しかし、読書することによっていろいろな見方を獲得し、それによってまずは「思考してみる」癖がついたのである。気がつけば顎に手を当てて考えている。それから、物事に対する自分の見解を定める。こういった癖がついた。

ここでも周囲とのコミュニケーションにおいてジレンマが発生している。というのは、何か物事に対して感情論で語る人の言動に対して、「幼稚である」と考えてしまうのだ。前まではそんなこと、なかったのに。「それは明らかにバイアスがかかっているし、個人の感想の域は出ないよなぁ」と思ってしまうと、途端にその人そのものがどこか陳腐化してしまい、何か有益な情報をもたらす人物に成り得ない、とタグをつけてしまうのだ。こうなるともう、冷ややかである。愛想は振るし、機嫌を損ねぬ接し方はするが、知という概念においてその人に対しては諦めに近い境地に達してしまっている。こういう他人を見下すような思考というのはいただけぬものであり、今後は新たな視点を獲得してそういった人の言動を含め一人の人間として尊重し、腹の中から相手を認めることができる精神を獲得したいと思う。

まぁ、視点が増えたというのは、単純に良いことだし、何でも脊髄反射で決めつけていた過去の自分よりは明らかに前進しているのではなかろうか。

口数減

思考癖と並行して、口数が減った。考える時間が増えたのだから、その分、しゃべる機会が減るのは必然なのかもしれない。前は頭に思い浮かんだことをそのまま発語して、言い放ってから「あ、良くないことを言ったかも」なんてことはしょっちゅう起きていたし、周囲は僕のことをおしゃべり(無駄口を叩く)に見ていたに違いない。しかし、ここ9か月で自省する長き期間を得るとともに読書に耽った結果、鬱になったのではないかと思われるくらいに口数が減ってしまった。

関連してか、声が小さくなった。大きい声は出せるのだろうけど、誰かに何かを伝える際に必要最小限のボリュームしか出さない。前「もっと静かに喋ってくれ」なんて、よく言われていたものだが。今となってはレジの店員に「はい?」と聞き直される始末。これはこれで、弊害なのだろうけれど。どうも、必要以上に大きい声は自分を本来の能力以上に見せてしまう良くない面もあるのではないか、と無意識のうちに考えてしまっているのかもしれない。自分の中で精査して、伝えるべき言葉を確かな語調で相手に放てば、きっと心に届くはずだし、不必要なでかい声は排除しよう、このように考えた結果なのかもしれないね。

 

ーー

 

文章は上手くなったか?

正直、そうは思えない。やっぱり、文章を磨くというのは添削されないと捗らないのだろうなって。これはブログを9か月間、運営して文章を書き続けて思うことだね。

そのかわり、文章を書き始めて最初と最後がちぐはぐになるような、一連の流れが分離するような解離は起きなくなったよ。書きたいことをつらつらと書いてはいるけれど、頭の中では常に書いたことが連鎖していくのを感じる。

この記事だって、丁寧なプロットなんて組んでない。ただ、「読書の効果を思いのままに綴ろう」と考えて、適当に書き出しただけ。タイピングしていく中で自分の思考がまとまり、ひとつのコンテンツとして積みあがっていく様を見るに、これも読書の一助があってこそなのかなって気もするけどね。

 

本は読むべきか?

読むべきだね。

というのも、人間が何の手がかりもなく自分だけで思考し続けても、新たな知見や角度は得られないと思うんだ。自分とは違う境遇、違う道を辿った、違う脳で書かれた誰かの考え方というものをトレースしない限り、世界はいつまでたってもクローズドなんだと思う。

誰かの人生を(それがたとえ創作でも)追体験できるような純文学を読むことも、自分の思考の幅を広げるにあたり、非常に有用なツールになると思う。その時代に反映された思想や文化も学べるし。新旧に関わらず、名著と呼ばれるものをはじめ、興味をそそられる書物については、今後は積極的に読書にトライしたいなって考えてる。

本を本格的に読み始める少し前に、こんな本を読んだ。

 内容は至って単純で、これからの時代は読書する人としない人で、大きな差がついていく、そんな感じだったと記憶している。読んだ当時は「へぇ~」なんて思いながら通り過ぎていった1冊だったけど、自分の中には確実に落とし込まれているんだね。

本というのは不思議で、読んでいる最中は夢中で回りなんか見えないのだけど、読了して数分後~長期にわたって自分の中で確実に科学反応を起こしていく。「ちょっと、いまいち意味がわからなかった」なんて読了直後は考えていても、そのあとに自分の中でかみ砕かれ、消化された内容が深層心理に沁み込んで、日常生活やその後の読書にしっかりと活きてくるのが不思議でならない。

 

ーー

 

とりあえず、読書しよう。仕事で忙しい人でも、1日1時間、いや30分でも時間を作って本を読むことをお勧めするよ。前には無かった、新たな視点から見た物事について、新鮮さを感じることができるようになれば、しめたもの。

 

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