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ポジ熊の人生記

雑記ブログの育て方をメインコンテンツに、時事オピニオンや書評などを日々更新中です。

子供「お父さんは家庭内で最下位」←母親はこれをどう思う?

社会 社会-人間関係


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父親の尊厳を貶めるな!

お父さんはルンバより下の最下位。小学生が順位付けした“家への貢献度”が辛い

ある小学生が「家のことへの貢献度について、お父さんが最下位であると話していた」というツイートが話題になっている。

このことについて所感を述べたい。

お父さんを馬鹿にするな

「家のことへの」と縛っているが、この小学生はとどのつまり、父親を馬鹿にしているようにしか思えない。収入もなく家族を痛めつける非人間的な立場ならいざしらず、君たちの知らないところで汗水たらして働いて、社会という名の人間関係の荒波の中でご飯代を稼いでくる父親のことを何だと思っているのか。ふざけているのか?まぁ、ふざけているのだろうな、度が過ぎるけれども。

 

仕事というのは家庭からは見えづらいもの。どんなに頑張っても、辛い思いをしても、責任重大な仕事内容であっても実際に目にしていないから解りにくい部分は多々あるだろう。父親だって人間ができている人ならば、家庭内で「俺はこんなに働いているんだぞ」なんてふんぞり返らないだろう。「家族がおなかいっぱいになって平和に暮らせること、それが本懐である」と腹をくくって寡黙にこなす方も少なからず存在するはずだ。

 

そのような家族の幸せを思って日々、身を粉にして働いているお父さん達のことを考えると、今回のような件は胸を痛める。お父さん以前に人間の尊厳を貶めるのは大概にしろ。

 

父の見えにくい貢献をカバーするのは母親

子供が仕事場に訪れて父の仕事ぶりを目にすることはあろうかと思うが、それで「家のために頑張っている」という意識を持つには強度が弱すぎる。父親の貢献が見えにくいというのは、ある程度は仕方のないことだと考える。ここでカバーできるのはほかでもない、母親だろう。

 

僕は幼いころ、母親に何度もこう言われた。「お父さんは職場で頑張っているし、家事もしてくれる。あんなに良い父親はいない。私は彼と結婚して本当に良かった」と。父の背中を見て育った。寡黙だけど、優しい、料理が上手で掃除も洗濯もする父親。出世欲はないし頭が切れるほうじゃなかったけど、穏やかで静かで自己主張のしない紛れもなく「一家の大黒柱」である父を、僕は偉大だと思っている。

 

母親ってのはこういうカバーができるだろ。子供が父親の頑張りを見ることができなくても、その労や貢献を子供に伝えることがさ。こうすることで子供の父親へのイメージや心構えが良い方向へ向かっていくんじゃないのか。間違っても「家庭内順位」をつけようとはしないはずだ。

 

まさか子供に「お父さんはどうしようもないグータラで駄目なやつなのよ」と子供に吹聴してはいないだろうね。そんな母親は最低だ。それをすることで何のメリットがあろう。あなたの人間性を貶めるだけじゃなく、子供の父親への尊厳をみだりに損ない、将来の人格形成に支障を来す可能性すらある。

 

夫婦ともに不満はあろうかと思う。人間なんだし、仏のように相手の振る舞いを全て許せとは言えない。だけど、それは子供の聞こえないところで夫婦間で膝を突き合わせて話し合えばいいだけのことだ。子供を味方にして家庭内カーストの上位に立ちたいという考えが自分の中に少しでもあるのなら、まずはその貧しい人間性を厳に正せ。

 

父も母も父子も母子も関係ない

競争社会の原理の中で生きていく子供に、その大事な「一面」を伝えることは悪いことではないし、そういう教育も必要であろう。しかしながら、そもそも人間というのはみな平等であり、それを根幹に据えて社会で生きていくという「基本」をまずは子供に教えてあげてくれ。

 

間違っても父親や母親、兄弟姉妹に順位を付けるような考え方を植え付けてはいけないし、外部からそのような思想を持ち込んだ際には穏やかにその間違いを正す教育をすべからく施すべきだろう。

 

父子でも母子でも同じ。人間の平等や尊厳というものを基本とした教育をすることの大事さは変わらない。友人や親せきを格付けするようなあさましい人間性を作り上げるようなことのないようにしていただきたい。

 

それにしても言及先の世間の反応たるや「可愛そう」「泣ける」などと憐憫の感情を惹起する人間が多いようだが、まずはこのような発想を子供がすることに対する危機感を持つのが先なんじゃないか。某サラリーマン川柳「このおれに 暖かいのは 便座だけ」ではないが、頑張っている父親の人間性が貶められることを、自虐も含めて楽しむためのコンテンツとしてみなすこの風潮にも警鐘を鳴らしたい。