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ポジ熊の人生記

雑記ブログの育て方をメインコンテンツに、時事オピニオンや書評などを日々更新中です。

君らは何が楽しくてFacebookで他人の幸せを眺めているのだ?

SNS SNS-Facebook


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1日中いじくりまわしてFacebook(以下FB)に入り浸る人について、常々疑問に思うことがある。何がそんなに楽しいの?

妬みや嫉妬を引き起こす

できればこんな感情なんて持ちたくない。誰も好きで妬みや嫉妬をしたいなんぞ、考えないでしょ?だから日頃は他人とモノや能力のあるなしで一喜一憂しないように心掛けているつもり。だけど、心の奥底には普段抑えているそんなネガティブな気持ちがあって、それは思わぬ形で噴出する。

例えばふとしたきっかけで誰かの棚から牡丹餅的なラッキー話を聞いちゃったりとか。その瞬間は「いいなぁ」なんて沸き起こる、なんせ油断してるからね。こういう場合でもすぐにそれを引っ込めて「ま、良かったんじゃない」なんてクール&ドライに一掃してしまうわけだけれども。できることならこういう瞬発的ネガティブすら引き起こしたくないわけなので、僕は他人の幸せ話やラッキーストーリーはできるだけ耳に入れないように、目に触れないように生活している。

他人の幸せくらい喜んでやれよ狭量だなぁ、なんて思われるかもしれないが、自分の性格を知った上での対応策と言っても良い。どうしようもなく面倒くさい人からは距離をとるのと理屈は一緒で、良くない感情を引き起こすものからも距離をとるのは、常套手段だと思っているのさ。

 

ところでFB見すぎじゃね?

1日中、張り付いている人は実際に存在する。多くの同僚はこれに該当し、理解の範疇を超えている。一体、何をそんなに無心に見ているのかと視線の端に映りしは、他人の生活ぶりが流れてくるタイムラインではないか。こいつら、イッてやがる・・・!

何が楽しくてそんなに他人の幸せを観てるの?極上ランチの自慢だとか、家族団らんの非の打ち所がない幸せな光景だとか、フレンドでバーベキューで盛り上がるパリピなノリのリア充イベントだとか。そんなものを見て、いったい何を得ようとしているのだ。

僕は信じられない。なぜなら、冒頭で述べたように他人のそういう幸せ話は、時には無理やり食わされて不味いのに「美味しいです」と強制的に言わされるような屈辱感すらある。だのにこういう人たちときたら、自分のスマートフォン端末でそんなウンコ以下の光景を好きこのんで1日中閲覧してる。大脳が壊れてしまったのか?

 

さようならFB

今、さようならしたわけではなく、かなり昔に僕はFBとSoLongしている。

こんなことがあった。とある運動をしていて、その成果を何気なくFBに流していたら、ある時に友人から「おめーのTL見てるけどよ、あれはセンスねえよな。もっとこうするべきだ」などという勘違いの塊みたいのをゴリラの糞の如くぶつけられた。「あぁ、FBって面倒くさいな」

こんなエピソードもある。泊りがけで数名で温泉に行ったときに、誰かが何気なく撮影した1枚の写真。それは参加者のFBにアップロードされたわけだが、それを見て驚愕した。「ここにはポジ熊さんがいます」という機械的なタグが付いているではないか。ジーザス、何だこれは。俺のプライべートが他人の挙げた自慰写真と紐づけされている。しかも、何の了承もなしに。怖すぎるっつーの。

2つめのエピソードが決定的要因となり、退会(消去)がやたらとややこしいFBアカウントを、ようやく消滅させるに至ったのだが、自分の中では黒歴史なお話がもう一つある。

とあるラノベをTLにアップして、キラキラ勢力にダークマターをぶつけて恐怖のどん底に叩き落してやろうと考えたことがあり、なんとそれを実行してしまったのだ。結果はどうなったと思う?惨敗さ。普段はどうでもいい「いいね」をする10人以上の連中が、がん首そろえて「無反応」だったわけよ。「いいね」はおろか、コメントすらなし。なるほど、こいつらはマイノリティなサブカルチャーをネタとも捉えきれないような、キラキラ拗らせ者だったか。

 

ここは僕の生きる場所じゃないという確信に至る。

 

現実見ろ、現実を

僕がキラキラ日常垂れ流しSNSというものに個人的嫌悪感を抱いていて、それをありったけの憎悪を持ってこの記事を書きあげた部分があることは否定しない。けれど、正直ね、FBで他人の幸せを眺め続けるというのが、精神的に良いものかどうかというのは、一考の余地があるよ。もちろん、有害なほうで。

何かと周りと比べて自分の持たざる側面を強調し、それで焦りや不安を感じてしまう人のかくも多いことよと感じる今日この頃だが、このような悲しい惹起を呼び起こすにあたりFBは一役買ってんじゃないかと思うわけ。妬みや嫉妬で毎日グルグル回っている人は、実際問題的にFBから離れたほうが良い。

何らかのイベントを共同でぶちあげて、それを準備する段階で告知するだとか、イベントの最中にその様子を中継するだとか、打ち上げイエーイ的なもので大円団に収めるといったような一連の目的があればFBも立派に機能するのだろう。また、知り合った相手がFBしかSNSをやっていなかったとすれば、連絡する際の有効なツールとなる。すべてが悪とは断じれない。

けどね、他人の日常の幸せ垂れ流しTLを猿のように無思考で眺め続けても、あなたの幸福度なんて一向に上がらず、むしろ虚しくなるだけ。そんなことない、と思っていても、無意識のうちに他人の幸せに蝕まれている自分を客観視できていないだけなんよ。少し冷静になって考え直してみてくれ。そんなもの眺めてありもしない幸せの青い鳥を追っかけるよりも、自分と向き合って現実的な生活を実践し、リアリティのある幸せを掴んだらどうかなって、老婆心ながらに思うわけ。

 

商用ならば、強力なツールになりそうだけどね。金を払いそうな層が揃ってるイメージ。 

 

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