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ポジ熊の人生記

雑記ブログの育て方をメインコンテンツに、時事オピニオンや書評などを日々更新中です。

「ゴミ屋敷問題」向き合うべくは「ゴミ」ではなく「人間の心」ではないか

社会 社会-人間関係


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news.yahoo.co.jp

昨日のニュースです。ゴミ屋敷、あなたの近所には存在しますか?

私の近所にそのような家はありませんが、普段通る道沿いに2件ほど見ます。やはり地域に一定数は存在するものなのでしょうね。

3000文字弱の記事ですので、お時間のある時にじっくりと読んでくださいませ。

ニュースになった理由

引用記事にもありますが、「私有地」を片づけたということに話題性があるのでしょうね。

多くのケースは歩道や車道にあふれ出たゴミに関しては行政が代執行するパターンです(所有者にかわり自治体が処分作業などをする。費用は所有者持ち)。

 

しかし、私有地となるとそうはいかない。

 

私有地に対する強制力発動の難しさ

 

何人も、その住居、書類及び所持品について、侵入、捜索及び押収を受けることのない権利は、第三十三条の場合を除いては、正当な理由に基いて発せられ、且つ捜索する場所及び押収する物を明示する令状がなければ、侵されない。

日本国憲法第35条

 

これは住居の不可侵について定義したものです。

 

いくらゴミを溜めこもうと、私有地に存在する個人の所有物であれば、その住居に立ち入って押収を受ける義務はないのです。

 

なので、いくら住民から苦情がわんさか入ろうとも、自治体は尻込みしてしまう。強制するには令状を用意するなど、その手続きが非常に煩雑だからです(それだけ、個人は憲法に守られて(良くも悪くも)いるということなのでしょうが)。

 

なのでゴミ屋敷の家主に対して「お願い」だとか「注意」といった、行政指導(強制力を伴わないもの)を行い、その事実をもって苦情者に対して、役人が「注意はしましたが、改善してくれないのが実情です」などと頭を下げ、地域住人は泣き寝入りする。これが黄金パターンです。

 

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火災が発生する場合も

ある日、突然「解決」というには心境的に複雑な事件が起きたりもします。火災です。

 

ゴミ屋敷の住人だって暖はとります。しかもそういう家に限って薪を使ったり、周りのゴミを焚きつけるような暖をとる家が割合多く、可燃物も大量にあるために炎上火災へ発展します。(これは今まで生きてきてゴミ屋敷が燃えているのを何回も見たり聞いたりした経験上の話です)

 

「これで万事解決だね」なんてブラックな人は笑うかもしれませんが、考えてみましょう。問題になるゴミ屋敷というのは大抵、住宅街の一画にあるものです。さて、その家から猛烈な炎を上げて炎上したら、どうなりますか?両隣や真後ろの家に延焼してしまう危険があります。火勢が熾烈な場合、道路向かいの家に燃え移るなんてこともあるそうです。これは笑えませんよね?

 

「ゴミじゃない」は本気

そんなわけで、ゴミ屋敷というのは一筋縄ではいかないものなのですよ。地域住民にとっても、行政にとっても、大変厄介なものなのですね。

 

ゴミ屋敷の住人曰く「これはゴミじゃない。必要なものだ。資源だ」とおっしゃるそうです。なるほど、ゴミでないなら捨てないわけです。

 

彼(彼女)たちは本気です。うずたかく積み上がるまで蓄積し、自分の居住空間を圧迫してまで貯めるのだから、嘘を付いているはずがない。正常な感覚では考えられないことです。だから周りは「いい加減にしろ」となる。つまり彼らは社会的にも精神的にも「異常」な状態に陥っているのです。しかし本人には病識(認識)がない。

 

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過去に放映された番組に解決の鍵?

過去、芸能人がゴミ屋敷に通って住人と協力し、家を掃除するという内容の番組がTVで放映されたそうですね。私は見ていなかったのですが。

 

そのなかで、ゴミ屋敷の住人は家が少しずつ綺麗になっていく段階で、姿勢が良くなり、顔つきも明るくなっていったのだとか。ここにこのゴミ屋敷問題を解決する糸口があるのかもしれません。

 

ゴミ屋敷の住人は「孤独」である

ゴミ屋敷の住人は、なんらかの事件や、裏切りを受けたことによる精神的ダメージを負い、そこからゴミを溜めるようになるケースが多いそうです。そうなると、厭世的(社会を疎むなど)な態度となり、地域からも孤立し、親類とも疎遠になっていく。

 

そうやってどんどん孤立を深める中で、ゴミをひたすら貯める。近所や役所から苦情がくるたびにゴミを捨てることを断固として拒否する。しかし、彼(彼女)らにとって、それが唯一の地域住民や行政との接点になりえる。だからあえてゴミを捨てないのかもしれない。「孤独」に対する抵抗なのかもしれないのです。

 

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「人間」との対話を繰り返すこと

だから、地域住人にしても、行政にしても、まずは彼らとの「対話」を始めてみてはいかがでしょうか。今までの経緯もありますし、トラブルも怖いでしょうから、やはり行政主体となるのが良いのかもしれませんね。頭ごなしに「ゴミをかたずけろ」「なぜこんなことをするのか」「いい加減にしろ」なんていうスタンスで接してしまうと、ますます内側に引きこもって改善には向かいません。ただでさえゴミ屋敷の住人は闇を抱え、ナイーブなのですから。

 

具体的解決方法案

具体的に考えてみましょう。

 

行政側が担当者を決め、粘り強く訪問します。「○○さん、おはようございます」「調子はどうですか?」「今日もお顔を見に来ましたよ」など。たわいのない世間話でもいいし、最初は挨拶だけでもいいです。とにかく住人の心を開くのです。

 

気長にコミュニケーションを続けるうちに、住人は「私のことを心配してくれているのか。関わりを持ってくれるのか」などと気持ちが動き始めます。そして1言、2言と会話のキャッチボールが始まり、意思の疎通を経て信頼関係を築いてゆくのです。

 

その確固たる土台を形成したのち、住人に対しゴミを捨てることの必要性を説いていく。このとき、「一気に全部捨てましょう」などと言っては、パニックを起こすかもしれない(彼(彼女)らにとってゴミは資産であることを理解していないとこうなる)。築いてきた信頼関係を、ジェンガの如く崩してしまうかもしれない。そうじゃなくて、「少しずつ、整理していきませんか?我々もお手伝いいたしますので」というふうに、相手の気持ちを考えながらゆくりと事を進めればいいのです。

 

もしゴミを掃除できたとして、「ゴミ問題」だけが解決したわけではありません。彼(彼女)が他人とコミュニケーションをとることによって社会性を身につけ、その後も地域で人と関わりやすくなるというメリットも生まれるのです。

 

 

結語「向き合うべくはゴミじゃなく人間の心」

長くなりましたが、問題解決の意識を「ゴミ」に向けているあいだは解決に向かわないでしょう。そうじゃなくて、意識は「人間」に向けるべきです。そうするとおのずと「心」と向き合うことになる。

 

心と向き合うのに焦りは禁物です。それはガラス細工のように脆いもの。時間をかけて優しく、壊さないように、思いやって向き合うべきなのです。人には優しくありたいものですよ。

 

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「ユンボで壊しちまえ」「燃えればいいのに」こういった暴力的な極論を形成する人たちが、ゴミ屋敷住人の心をいっそう閉ざしてしまうのかもしれません。「周りに住んでいないから、そんな呑気なことを言えるんだ」なんて言われれば、言い返す言葉はありませんが(-_-;)

 

なんにせよ、簡単な問題ではないということですね...