ポジ熊の人生記

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やもめ男のひとり飯事情を語る

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Netflix野武士のグルメお題「ひとり飯」

「ひとり飯」ってなんか一人で飯食って孤立無援でネガティブな印象を受けますけど、近年では単身者の増加や時代の潮流と相まって「ひとりで飯を食う」ってのは別に特別悲しいことじゃなくなってきた感あります。

管理人も男やもめが長く、まぁ性格が幸いして蛆は湧きませんけれども、ひとり飯ですわ、はい。しかもほとんどが自炊。外食を否定しませんけど、足伸ばして知らない人に会ってマネーをペイしてまで飯を食いたかないよ、という個人的事情により外食はほとんどしないんですよ。

友達と飯も、まず飯を食う友達が(ほとんど)いないということで機会はありません。自虐ネタじゃなくてありのままの現状をお伝えするとこうなります。

さて、前置きは長くなりましたが当方のひとり飯事情をダラダラと書き連ねたいと存じますので、お手すきの方、お付き合いくだされ。

何のために飯を食うのか

形而上学的なアプローチで文章を組み立てると散らかりがちなんですけど、どうしてもこの魔力(魅力)が手放せない!ということでフワリと何のために飯を食うのか考えてみましょう。軽くね。

生きるため。

早っ!

まぁいってしまえば生きるためなんですけど。でも、それなら闇金ウシジマくんの破滅者よろしく、乾燥パスタかじっても生きることは可能なわけです。それを、材料を切り刻んで下味つけて、フライパンに油を敷いてニンニク焦がして加熱し、見た目を整えて料理にする理由はなんなのさ?と。ここに食の奥深さはあります。ただ、食べるだけでは満たされない、そんな複雑な脳みそを持っているのが人間なのでしょう。そこに個人差があるだけ。人によっては、乾燥パスタかじる生活でも満足できるかもしれないし、毎回手の込んだ創作料理じゃなきゃ嫌ー!というブルジョワな方もいるでしょう。管理人は乾燥パスタ派に毛を生やしたくらいのレベルですね。

何のために飯を食うのか、それは単に「生きるため」では定義できない。そこには創作があり、心の満足度も関与してくる、ということですね。目的は生きるため、なんですけど。僕は少なからず見た目や味に多少のこだわりを持ちます。

買い物

店屋物は駄目なんです。時にはいいんですよ、スーパーのお惣菜でも弁当屋ののり弁でも。ですが、基本的には駄目なんです。これはおそらく僕の生育環境が影響しているのでしょう。両親はカップラーメンの類で食事を済ませようとしませんでした。少なくとも子供には手料理を食べさせた。しかも、母より父の料理の方が美味しい。なんでも結婚当初は目玉焼きすら作れなかった父に母が軽くレクチャーしたところ、凝り性の父があっというまに母のクッキングスキルを凌駕してしまったのだとか。その後、父がほとんどの料理を手掛けるようになるあたり、自分がその道をなぞっているのだろうなという哀愁に似た感慨を覚えます。こういうのが強く影響してか、家で食べるものは自炊が主!というのを強いポリシーとして持ってます。お客さんに食べさせるものも、ほとんどが手料理です。

で、食材を買わなきゃ料理が出来ぬということで近所の大型スーパーへはよく立ち寄ります。これはほぼ日課ですね。コンビニにも野菜は売ってますけど、品数は段違いですし、大型スーパーのが割安ですからね。さて、店内に入ってからの足取りは素早いですよ、目的の食材までまっしぐらです。「キャベツ!」「ジャガイモ!」「ネギ!」「豚と鳥は・・・豚!」など、迷っても1秒単位ですね。ほかの商品には目もくれずに自分が欲しいと感じたものを素早く買い物かごへ。インスピレーションを購入の拠り所とします。買うものの選定はします、色や密度、グラム当たりの単価などを手早く。

帰路

車がないものですからね、重くなった荷物は駐車場までの我慢とはいかないんですよ。ずっしりとしたリュックを背負い、家路につくのですね。これ、時折だったら面倒な感覚に陥るのでしょう、けど不思議と日常であればそういう感覚は生じず、自然と覚悟が決まるんですよ。山間部に生きる人が傾斜を煩わしいと感じないように、買い物帰りの時には10キログラムに及ぶ荷物も、身体の一部となっちゃう。人間の順応性には驚かされるばかりです。

とはいえ、やっぱり早く家に帰りたい。購入したものを荷ほどいて、とっとと調理に入りたいんですよね。意識はすでにキッチンへ向かっています。ここを邪魔するものは、なにひとつありません。これはシングル生活の一場面で、一人称以外の登場人物は皆無なのです。これがまた心地よいのですが。

調理

いざ、調理です。とはいえ所詮は男の料理、手早く野菜の皮をむいて洗って肉を下ごしらえして油を敷いてニンニク焦がしてジュジュっと炒めて出来上がりですよ。ここが一番好きです。月並みな表現ですけどね、最高なんですよ、この時間。

野菜に包丁を入れたり、木べらを使ってじっくり痛めたり、浮いてきたアクを何度も何度もすくいあげたり・・・確実に完成に向かっていく、原材料とまるで違った形を成した食材たちの景色。ここでは雑念がないんです。たぶん、生来、料理が好きなんでしょうね。今の仕事も嫌いじゃないんですけど、きっと料理人にも向いてるんじゃないかって思います。プロの料理の世界は、こんな生易しいものではないんでしょうけど。

こんなツイート、みっけました。

いざ、ひとり飯

さて、出来上がった料理をどこで食べましょうか。

食卓?

パソコンの前?

NoNo、キッチンです。無造作に置かれた丸い椅子の上で、調理台に料理を並べて食うんですよ。THE・やもめって感じでしょ?一人だからね、別に食卓で雰囲気醸し出さなくても良いんです。食洗器も近いし、後片付けも楽ですから。キッチンで一人でパクパク食べるんです。かつてお酒をたしなんでた頃は、この時間が至高でしたねぇ。

なんつうか、選択して干して、風呂上りに乾いた洗濯物を物干しからダイレクトで剥ぎ取って着るような気ままな一人暮らしに通じるものがありますね。ほんと楽です、何に気兼ねするでもない、自分だけの最高の食事タイムなんですよ。これが僕のひとり飯です。

誰かと食事するのも好き

人間が嫌いじゃないんです、誰かと一緒に食事するのも時には良いですよ。気の置けない友人と囲む鍋なども、格別の嗜みではないでしょうか。でも、やっぱり、基本はひとり飯が好きなんですよ。もうね、相手がいるとその人の一挙手一投足すべてが気になっちゃって。で、全力で気を利かせちゃうんですね。(のど乾いてないかな?)(こちらの食べるペースが速すぎて興ざめしないだろうか)などなど、持ちうる限りの能力を駆使して相手の為に何かしようとしたり考えたりしちゃうんですね。こういうのがあるから、人と過ごさない道を選んでるんですけど。

普段、ひとり飯してるのは、誰かと楽しく食卓を囲むためのチャージ期間なのかもしれない。こう考えると、いくばかりか前向きになれそうです。

ってなわけで、とりとめもなくやもめ男のひとり飯事情をダラリと語らせてもらいました。あなたは誰かと食事をするのが日常ですか?家族賑やかに食卓を囲んでいますか?それとも残業続きでカップラーメンをすするひとり飯をしているのでしょうか。どうか、すべての食事をする人たちに幸多からんことを祈り、筆を置かせていただきます。

 

ラムカレーを仕上げて、鶏むねチャーシュー仕込み中の隙間時間に自宅にて筆耕

 

 

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