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ポジ熊の人生記

雑記ブログの育て方をメインコンテンツに、時事オピニオンや書評などを日々更新中です。

結婚はゴールでも目的でもない!自己受容ありきの共存を目指そう

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結婚はゴールじゃない

結婚したいですか?

そうですかしたいですよね、周りの同級生や後輩先輩が続々と結婚しているのを見ると焦りますし親や世間のプレッシャーもあるかとは存じますが結婚はゴールでもなければ目的でもないしましてや結婚したからといって絶対的な幸せを得られる保証もないんです、それは家庭を持ってから挫折した僕が経験則から警鐘を鳴らしたいですね、こういう「結婚がゴール」的な考えを持っている方には。

というわけで今回は僕の結婚観を述べてみたいと存じます。お付き合いください。

僕の遍歴

ちょっとブラフ(ぼかし)は混ぜさせていただきますよ。

とりあえず離婚歴2回です。で、毎回のパターンとして「俺が頑張るから大丈夫」でした。惚れた相手なら何でもOK!みたいなどこか宙に浮いた根拠のない自信があったのかもしれません、ですがこれが仇となりました。結果的に2回離婚したんですよね。不倫もされたことがありますけどそれは相手をしっかりとアセスメントして人間性も含めて「この人になら居場所がある」または「居場所を提供できる」という確たる自信もないままに結婚に踏み切ったのですから身から出た錆と言わざるを得ませんね。相手の責任にはできません。

あとは原因として自分をしっかりと開示できていなかったのが大きいのかなというのが今思い返すところであります。相手におもねる態度をとって嫌われたくないあまりに稚拙な面も含めて自分のパーソナリティを奥の奥底に隠し通し、ふとした喧嘩の際などにそれを表出されるものだから相手にとっては「こんな人だったの?」感が満載だったのだと思います。

普段から自分を取り繕う人は、生涯を共にしようという相手と過ごすタイミングを迎える場合は可能な限り自分を見せたほうが良いと思います。社会的に片目をつむる必要のある時に子供全開でつむらない、とかそういう次元ではなくて、基本的に自分の芯というかポリシーというかそういうものを相手に包み隠さないほうが良いと思うのです。長きにわたるパートナーであればあるほどにこれは要の部分になってきます。

長くなりましたが僕は「自分が頑張れば相手が変わる」というエゴイスティックな価値観、他人を変えられるという不遜な考えのもとで結婚という制度を利用したが故に挫折を経験したということをこの項の結語として述べさせていただきます。これをご覧になってもなお「結婚すれば万事OK!」とお考えのあなたは先へ進んでください。

結婚とは「社会的なものである」

水谷さるころさんが描くこの書籍では、フリーランスとして働く著者が「とにかく結婚したい」を掲げて結婚した結果、3年半で離婚したというお話を苦労や知見を交えてリアルに描かれております。基本、漫画で話は進むのでとても見やすい構成となっています。

で、この中で著者が経験しているのは「結婚とは社会的なものなんだな」ということ。苗字が変わることももちろんですけど、世間のコンサバ(保守的)な偏見に晒されて今までのように仕事がやりにくい苦労を切々と語られています。平たく言うと人妻になったことによって「家庭に入るんでしょ?」とか「バリバリ仕事しなくてもいいんだよね?」とか、そういった世間の偏見にアタックをかけられるわけですね。これは著者の本意な生き方とは相違が大きかったがために、旦那さんへのフラストレーションも相まって離婚に至っています。

つまり「結婚したからといって今ある自分の良さが何倍にもなって輝き、人生がハッピーモードに突入する」というのは超幻想なんだよってことを解りやすく教えてくれてるんですよ。自分の親と相手の親も含めて、全部を巻き込んだ社会制度として結婚があるんです。生っちろいものではないんです、かなりややこしいんですよ、結婚て。ほんとリアルだし、夢や希望とは相反する現実的な制度です。

結婚を否定するわけじゃないです

僕自身が離婚歴があるし離婚した方の体験記を推すあたり結婚に否定的な人間だと思われてるかもしれないけどそんなことはないんです、ただ結婚てのは社会性が強いひとつのシステムにほかならないんだよな、と。ここは強く思うんです。だから「結婚」にこだわる人には現実を良く知ってもらいたい。結婚はそんなに単純なものじゃないし魔法じゃないってこと。今の世間では結婚ありきだしそれを否定しても制度が覆るわけじゃないから否定しません。現行制度をなぞらなければ誰かと添い遂げられないのだとしたらこの制度をうまく利用する必要があると思います。

今まで感情論だけで恋愛観を訴えてきたんですけど今回はいい機会だから本当に思ってることを上手く文章化して伝えたいです。僕が考えていることは「自分の居場所となるような安心できる相手と巡り合って、幸せに生きてほしい」これだけなんですよ。今風の言葉でいうと「適正なマッチングが図られるような社会であってほしい」ということ。

社会って言いましたけど社会制度で適正なマッチングをリードしてくれるほど甘い世界じゃないですね、ちょっと贅沢を言いすぎました。理想はこれですね、「相手の人格を認めつつ、生計を一緒にして協力しながら過ごせるパートナー探しをするようなマインドを身につけてほしい」です。

「職業が〇〇な人が良いな~」とか「年収××円以下はお断り」とかこういうトリアージをしているうちは幸せはつかめないのだと思います、そうじゃなくて相手を同じ人間として尊重できるか、良いところも悪いところも認めてあげられるか、これに尽きると思うんです。

属性や容姿だけで相手を見繕うからそろが破綻した時に結局破局に至るわけだし、最初から相手にあらぬ期待や変化を望むから、それに失望して勝手に自滅するコースになるんですよ。そうじゃなくてちゃんと相手を見てください、都合のいいところばかり見るんじゃなくて本音をぶつけ合って本性を見てください。その上でなお「この人となら一緒に生きていける」って確信に至った場合に一緒になったら良いんじゃないですか? 

で、何が言いたいのかというと(結論)

自分を大事にしてください、背伸びしないでありのままの自分を受け入れて自己受容してください。

これができないうちに「好き」というあやふやな感情のみで一緒になってしまうと、相手に自分の至らない部分を投影して侵食して相手を変えようとして揉めて破局する未来が訪れます。恋愛依存体質の人は特に注意してください、「私がこう思っているのに相手は全然思うようにしてくれない」とお嘆きのあなたはまず自分の自己受容の力の無さを嘆くべきだし危惧するべきだし解決すべきプライオリティは間違いなくそれがバリバリ先です。

自分を受容できない人が自分以外のパーソナリティと共存できるという思い上がりを捨てて、まずは自分を大事にしましょう。だからこの段階で躓いている人は恋愛封印したほうがいいですよ、まさに今の僕がこれです。優先すべきは自分の心の平安探しです。で、土台がしっかりとしたうえで誰かと出会い、相手の個性を「一人の人間である」と尊重できるようになった時に共存するか否かの選択肢をセレクトする権利を得るのだと思います。自分を好きじゃない人に誰かに居場所を与えるなどは土台不可能です、これを自覚しましょう。

あと、結婚を目的化しないでください。前述のとおり結婚とはめちゃくちゃ社会的だし古いコンサバな考えにあてられるし信じられないことの連続でもあります。その荒波を漕いでもなお一緒にいたい相手、人間として尊重できる良いところも悪いところも清濁併せのむことのできる人と巡り合えたのなら一緒になればいいんです。そこで初めてスタートラインといえるのではないですか。「結婚」を目的としてした結婚というのはスタートラインにすらたってない不安定なものですからね!

 

最後に社会に対して叫びたいんですけどいい加減こういう「結婚」という古臭い風習は廃れさせて事実婚だろうとスティグマなしで子供を作ることができて社会保障もきっちりとしてくれるような制度を整えるべきです。そうすれば少子化にも少しは歯止めが効くでしょう。あとは貧困を根絶するような社会保障を手厚くするような制度をしっかりと整備してください、富裕層から税金を多く集めてどうこうするという分断社会を作り出す構造をやめて一律に税金を集めてそれを幸せが底上げされるような全体救済的な制度に投入すれ!

 

「結婚をゴールにしてると失敗するぜ!」って叫んだところでそれはいち失敗者の断末魔の叫びで終わっちゃいそうなので、社会制度として色々と変えていかないと根本は良くならないのだろうなという気持ちも込めて最後に叫ばせていただきました。

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