ポジ熊の人生記

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小遣い、家事、扱い...お父さんの憂鬱事例集

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管理人はサラリーマンです。

会社に行くと周りにもいっぱいサラリーマンいます、当然ですね。

で、年頃になると順当に結婚していく。

僕も例にもれずそうだったんですが、今は無事独身です。

さて、今回は周りのお父さんから漏れる悲壮でため息交じりの憂鬱事例を紹介しましょう。ハンケチーフをご用意ください。

小遣い少ない

もらってない人もいますけど、そういう家庭は要求すれば出してくれることが多いです。大抵の人はいくらかもらってる。で、この額が少ない!

平均して3万円くらいなのですが、なかには1万円を切るサバイバーもいて切ないです。雀の涙のお小遣いを切り崩して低空飛行し、時に軟着陸するその様は体毛の削がれた雀の如し。

お小遣い制の弊害、それは「いくら渡してるのだから何が何でもその範囲でやれ」という無言の圧力がかかること。時に出費がかさむ月もありましょう、ですが事前の取り決め事項により柔軟さを失い、汲々としても誰も責めることができないという苦境に立たされてしまうのですね。

こう考えると小遣い制よりも都度支給制にしたほうが助かるかもしれません。ただ、制度によっては冠婚葬祭くらいしか出さないという厳しい大蔵省にもなりえるわけで、諸刃の剣ですな。

まぁともかくお小遣いが少ない。それは良いんです、どんな額でも笑みを携えて前進できればそれで万事OKなんですけど、こういう方は口を開けば「お小遣い少ない自虐」始まっちゃうんですよね。なんせ金がない、これを自分の属性として前面に押し出しちゃう。「俺、金ないから」と自分で口に出すことの精神汚染効果は本人が思ってる以上に深刻なダメージとなります。厄介ですね。

自己投資すらしなくなる、というのもキッツいです。せめて新刊を自由に買うくらいの金、または新たなことに挑戦できるくらいのまとまった資金くらいは欲しいものですけど、小遣い制サラリーマンはスレイブですから、資金を必要とする心の耕しなど認められない権利なのです。みんな発想も狭隘になり、おおらかになれないご様子。

家事をやっても駄目出しされる

掃除機をかければ、やれ埃が残っている。

食器を洗えば、やれ油汚れが落ちてない。

風呂掃除すれば、やれ水切りが不完全だ。

「じゃあ自分でやりなよ」っていうと紛糾し、すったもんだの末に理論がすり替わって最終的にはお父さんがルーザーとなり、観客のいない戦いは幕を閉じるパターンが98%です。

管理人のエピソードですけど、朝食器を洗って出社したところ、ケータイにメールが一本。「おや奥様からですね、何事?」と確認してみたら油汚れが少し残った食器の写メ。『着信アリ』よりも個人的に背筋凍りましたね。

まーまー家事における認められなさは異常です。普段、取り仕切っている方からすれば、そのような中途半端なものはゆるせないかもしれない。ですけどね、仕事場以外でお父さんの居場所なんて家庭か個室ビデオ屋か漫画喫茶くらいしかないんです。だから、せめて家庭でも認めてあげて、承認してあげてほしいんですよ。「掃除、ありがとう、助かったよ」これだけでお父さんなんて単純、充電完了するんですから。

家事の問題って、真剣に話し合った方がいいと思いますね。どちらかが無理してやれば破綻する。お父さんが苦手とする育児はどうしてもお母さんに頼らざるを得ない場合が多いし、そういうときはバランスを考えてお父さんが多めにやる、だとか。あとは相手がやったことに関してダメ出しは限りなくNGに近いですね。もし提言するのであれば「私はこう思うんだけど、どうかな?」くらいのニュアンスで良いです、不完全な様態を写メで会社に送りつける必要はないです。お互いに妥協しあわなきゃね。

扱いが低い

畜生並みの家もありますけど、まぁ平均して犬より少し上くらいです。

最近の事例ですが、バレンタインで配り余ったチョコレートをもらい、包みを開けると真っ二つに割れていたというエピソードは悲しみを通り越してピリオドの向こうに感情が飛んでしまいました。んでもってホワイトデーにはブランドお菓子を要求するのです。少ない小遣いから捻出してお父さんは頑張ります、しかしそれをもらっても当然という振る舞いをされてしまう。もうこうなったら悟りを開くしかないです。

あとは洗濯を一緒にさせてもらえない、そのくせ自分の下着を干させたり取り込ませたりすることは大自然の営みの一部くらいにしか考えておらず平気でやらせちゃう。矛盾です。お風呂は一番最後で洗ってから出ろという指令、洗っても水切りが不完全だ仕事しやがれというダメ出しも漏れなくついてくる、と。水回り事例でした。

夏場はクーラーを付けさせてもらえない、あまりにも熱いので昼寝の時だけ付けてたら部屋まで奥様や子供が闖入して「クーラー、付けたでしょ?」と止めを刺しに来る。近場に洞窟があれば、お父さんそこへ行っちゃうでしょうね、こんな状態ですと。

総括

ま、こんな具合で基本的人権すら尊重されないクローズドなドメスティックに囚われたお父さんはどんどん人間小さくなっていって、時折死んだ魚の目をすることがあります。会社で会話してて油断すると、フッと別次元に行ってしまう。顔に2つのabyssが出現するんです。黒目に輝きのあるお父さんは1割に満たないです、みんな希望を失いつつある。

 

<私見>

貢献感さえあれば、どんなに小遣いが少なくても、家事をやって駄目出しされても、扱いがぞんざいでも、幸せを感じることができるはずです。畢竟、「自分は」という概念を捨てる、まさに無我の境地ですね、これに達することができればあるいは今回で示すような憂鬱にはなりえないかもしれません。

でも、ね、俗世を捨てて仏門に入った僧じゃないんですから、お父さんは凡夫なんですから、どーしても辛くなることがあるんです。そこをわかって頂きたい。お父さんの振る舞いで自業自得な場合もありますし、奥様やお子様にも事情はあるでしょう。だから、お互いに凡俗な存在であり承認を必要としている、ということをわきまえればいいんです。

で、褒め合ったり認め合ったりしましょうよ。それが何よりの潤滑油になりますから。もちろん、感謝ありきで。

「自分は苦しい」「もっと○○してほしい」と利己に走れば、ギスギスは深まっていくんでしょうね。相手ありきでいかに日常を送れるかってのも命運を分けそうな感じ。

 

位相はやや変わりますが、もしお父さんの稼ぎがアクシデント等で0になったら、どうなるのかなーって純粋に興味があります。金の切れ目が縁の切れ目になっちゃうのかな。その時は、家族の絆が試されるのかもしれないですね。そういう試金石があってもいいと思います。お互いに惰性で甘えてた部分が露になって、直視できるかもしれないですし。奥様が家事が一切できなくなったら。ここでも試されそう。

 

以上、お父さんの憂鬱についての雑感を合わせてお届けしました。

 

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