ポジ熊の人生記

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コンビニやレジで「ありがとうございます」言います

最近、話題になってましたので書きます。

僕はコンビニやレジのお会計が終わった際に「ありがとうございます」を言います。

理由

感謝しているからです。

買い物の生産で品物をバーコードに読み取り、お会計の金額を出してくれて「ありがとう」の意です。

あとは袖触れ合うも多少の縁ということで、レジのお会計でも何らかの人間的繋がりに感謝しているというのも理由のひとつです。

それと、相手が喜んでくれる、というのも理由としては大きいです。人によりますがとても嬉しそうな笑顔を見せます。その笑顔だけでご飯が2杯でも3杯でもいけちゃいます。人の笑顔って本当に好き。

「ありがとうございます」だけで誰かの笑顔を作れたら、これほど有意義なことはないのではありませんか。表情筋をちょいと動かして、発声器官を振動させるだけ。これだけでスマイルが生まれるのだから魔法でしょ。

場合によっては無表情でなにも起きないこともありますが、それがスタンダードだと思えば笑顔が返ってきた時はラッキーくらいに思えるので精神的に健全です。

無意識かもしれませんが、八方美人の悲しい性というものもあるかもしれません。万人に好かれたい。まぁ、これは無意識に発露したとしてもその結果で笑顔が生まれれば万々歳だし、 結果笑顔がかえってこなくてもそれで「あの店員はお礼を言ったのにスマイル一つすら返しやしねえ」などとひねくれたものの考え方をしなければそれでOKじゃないでしょうか。

 

異論

コンビニやスーパーレジの店員は時給いくらか月給いくらかは存じませんがそれで給料を得ているわけですから、レジ打ちなどはやって当然、それは支払われる金銭の対価でしかなく、それに対して「ありがとう」というのはおかしいんじゃないかという説があります。コンビニやレジでありがとうを言うことに異論を唱える派の主張ですね。

ま、これも考え方でしょう。確かに、コンビニやレジの従業員は笑顔を振りまくためにそこで仕事をしているわけじゃなくてお客さんが買いたいものを持ってきてそれを清算する、それを完遂するためのシステムのひとつとして機能しているわけですから、異論派の意見も間違っているとは思えない。

 

「ありがとう」ってなによ

感謝しているから、それを相手に伝えるための言葉が「ありがとう」ですよね。

つまり、そこにいくら支払っているからだとかそういう概念は抜きにして、損得勘定抜きで「ありがとう」って言いたい時に言うんじゃないですか。

だから、僕はレジに品物を持って行ってそれに対する金額を当然のように支払うわけですけれども、そういうのは抜きにして「ありがたい」と思っているから「ありがとう」と言うわけです。

だから、「ありがたい」と思ってない人は「ありがとう」なんて言う気持ちにはならんのでしょう。

どんなことをされても「ありがとう」を言うことはできる。例えば道端で見知らぬオッサンに蹴りを入れられたとしても、それに対して「ありがとう」ということは可能です。理由があるとすれば蹴りの痛みで生きている実感が沸いた、だとか蹴られたとしてもこれも何かの縁かもしれない、とも思えるかもしれない。

感謝なんてのは本当にスピリチュアルで線引きが難しいわけです。

例えば1億円をもらったとします。しかし、そこで「ありがとう」は言えなかった。なぜならばその一億円で金銭感覚が狂って人生がハチャメチャになってしまったから。むしろ余計な事さえしてくれなければ身の丈に合った生活をしてささやかな幸せを感じながら平穏無事に人生を送れたんだ!という主張もまかり通ります。

 

とどのつまり

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コンビニやレジで「ありがとう」という行為については、正誤は問えないということです。まして常識や非常識で測れるものではない。先ほども述べたように仕事としてやるべきことととしてそこで機能している人たちですから、お礼を言うも言わないもお客さんの心の持ちよう次第なわけですから、そこに当たり前だなんだという論は通じない。

道路っぷちにお地蔵さんがあって、そこを通るたびにいつも手を合わせて感謝を述べるのが常識なんだぜ、なんていってもピンとこないでしょ。乱暴だけどそういうもんなんですよ。

ローカルなルールで縛られている場所だと、ちょっと事情は違うかもしれない。他所にいけば「えー、信じられない」な案件でも、さも常識のように押し付けられる行為は枚挙に暇がありません。ここらへんをごちゃまぜにすると議論以前にカオスな状態になりますので控えますが。

最後に、僕個人としてはコンビニやレジで「ありがとうございます」を言う、これだけで相手への謝辞と、相手の笑顔を見ることのできる機会を得られるのだから言うだけ得だと思っている。このことだけ述べておいてこの記事をしめまーす。