ポジ熊の人生記

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整形手術で自信・自己肯定感を持てるならアリじゃないの?

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今回のテーマは「整形手術の可否」です。

管理人は幸いなことに、天性の造形で周りから揶揄されることは今のところありません。

しかし、世間では多くの人がソレによって罵倒され、傷つき、自信・自己肯定感を持てずに苦しんでいるようです。

とりもあえずも「胸を張って生きる」こと。これができなければ人生の質は落ちてしまいます。幸福を感じることが難しくなってしまうのです。

だから、自信・自己肯定感を得て幸福になるための手段として「整形手術」を行っても、何が悪いのよ?というのが僕の考え方です。

親に問いかけてみた

親に聞いてみました。

「整形手術をどう思う?」

と。

答えは

「愚か者のやることだ」

です。

曰く、親からもらったものをないがしろにして、自分を飾るために外見を変えるなど言語道断。ただ、事故などで整形する場合を除く、とのこと。

世代の違いもあるのだろうか、僕はそれを聞いてフムフムと頷くにとどめました。さらに一歩踏み込んで聞いてみました。

「生まれながらに容姿が醜悪で、周りから罵声を浴び自己肯定感が持てない人の整形手術も否定するのか?」

これに対しては「まぁ、それは」と濁す形で肯定も否定もせず。

どうやら、生まれつきの造形で苦労をしてきた人の感情や人生観へ共感(想像)を持っていないようです。知り合いに一人でもこのような人がいれば、きっと考え方は違っていたのでしょう。自分または誰かの経験を糧にしてそういう造形で苦労した人たちに思いを馳せられないのは、個人経験の少なさが原因と推察します。もちろん、社会の在り方(整形手術に寛容であること)なども影響しているのでしょうが。

それにしても根強いかな、「親からもらったほにゃらら」という思想。浅学ゆえ歴史を引用することはできませんが、東洋的思想なのでしょうか。親からもらったもの・・・。

親からもらったものが全て財産(アドバンテージとも言いましょうか)になりえるかといえば、そんなことはないでしょ?

生まれつき良いものを与えられる人もいれば、そうじゃない人もいる。そうじゃない人のもらったものを、全て「親からもらったのだから有難いと思いなさい」ってのは、苦しんでいる人の逃げ道を塞ぐ悪しき思想です。 

 

かつてはセーフティネットがあったのか?

昔はどうだったんでしょうねぇ。いわゆる不美人やブ男に対する何らかの救済措置はあったのでしょうか。「おまえはまぁ器量は悪いが、そこらへんは俺たちがサポートするぜ」的な、共助の雰囲気があったのかもわかりません。

しかし、今は個人の時代です。負けた者は自己責任。それがたとえ天性の造形が原因であっても、自分のせい。かといって親のせいにしたならば「親を敬え、もらったものは大事にしろ」と。これでは悩める者が行き詰まるのはさもありなん。

個人として強くあらねばならないのです。そういう時代。負けても誰のせいにもできない。かといって社会が救ってはくれそうもない。だったら、戦うしかない。僕はかつて肥満児で、さんざん言われました。人の尊厳をこれでもかというくらいに傷つけるようなことを、大きな声で言われ続けました。この傷は死ぬまで癒えることはないでしょう。だから、痩せたんです。徹底的に絞った。それだけじゃないです、おもくそ鍛えました。そこらのアンチャンでは太刀打ちできないくらいの腕っぷしを作りました。全て負けたくないからです。勝つためには、強い個体にならないといけない。

学歴コンプもそうです。高卒で出身校で軽んじられたのが悔しくて悔しくて、人の数倍は勉強するようになりました。それで高学歴に大差をつけて、ぐうの音も出ないほどに結果を出してやることにしたのです。負けたくないですからね。負ければ即、闇に葬られます。そういう社会の空気を、肌身で感じているんですよ。

今の時代、負け組に救済なし。これを是とするつもりはありません、弱者にも優しい社会であってほしいと常々思います。しかし、現実はそうじゃない。相も変わらず強者が弱者から搾取する社会です。半ば、諦念もあります。しかし、僕は負けない。少なくとも僕は負けずに強者と渡り合って、それで弱者に手を差し伸べられるような強者でありたいのです。

セーフティネットが断たれた今、整形手術を否定するということは逃げ道(といっては語弊はありませが前向きな意味です)を断つことにほかなりません。

公の場で「整形手術はどんな理由があろうとも肯定できない」とのたまう人は、少しばかり考えてほしい。ちょっとでいいから、共感力や想像力を養ってほしい。造形が酷であったが故に、人生の大半を苦しい思いで過ごしてきた人の「地獄」というものを。できれば味わってほしいけど、生まれも造形も良い人には馬の耳に念仏なのかもしれない。だから、一縷の望みを託して、このブログでオピニオンとして弱者の整形手術の肯定を表明します。

 

自信・自己肯定感がもたらすもの

  • 人前に出るのが怖くない
  • 堂々と声を出して人に物事を伝達できる
  • 背筋が伸びる
  • 鏡を見るのが怖くなくなる
  • 写真が怖くなくなる
  • お洒落をしてみようと思える
  • 物おじしないので他者からの印象がプラスになる
  • あらゆる物事に対する認知が良い方向へ矯正される
  • 恋愛をするのが怖くなくなる

もし、あなたが生まれつき造形が酷悪で上記の条件をクリアするとすれば、いかにしてそれを成し遂げますか?整形手術以外にできますか?

肥満なら痩せればいいし、健康に留意して治せるものなら治します。しかし、生まれつきのものばっかりは、もうどーしようもないじゃないですか。

それを「親からもらったのだから、大事にしろ」って、できるわけないじゃん。僕がもし周りが罵倒するような容姿があって致命的なコンプレックスを持ったとしたら、それを乗り越えるために整形手術するね。何年かかけてでも、お金を貯めて手術を受けるよ。そして生まれ変わった容姿で自信を持って生きていく。なんせ戦う遺伝子を持っているからね。困難には徹底的に立ち向かう。

が、世の中にはそういう遺伝子を持たず、罵詈雑言を浴びながら社会の片隅で逃げ回るようにひっそりと生きている人がいる。理想は、人を容姿であーだこーだ言わず、均等な機会(雇用など)を与えて全ての人が穏やかに自己肯定感を持って暮らせる社会の実現なんだけどさ。あーあ、こないかな、そういう社会。もう、誰かが誰かに容姿のことで馬鹿にするシーンは見たくないんだよねぇ。ウンザリ。