ポジ熊の人生記

雑記ブログの育て方をメインコンテンツに、時事オピニオンや書評などを日々更新中です。

誰かと一緒にいれない神経質さ

管理人は神経質!

だから誰かと一緒にいることが難しい。

臭いが駄目

動物全般、駄目。トイレの臭いはもちろん、餌の臭いや獣臭もアウト。我慢はできるけど、そこで長時間作業や寝泊まりしろ、と言われたら厳しい。

人間も相手によっては臭いが厳しくて駄目なケースがある。風呂に入ってない、だとかアポクリン腺の問題はもちろんなんだけど、臭いが合わない人と一緒にいると辛くなってくる。

幼少期は飼い猫の臭いで自家中毒様の症状を発症した経験あり。

未だに出先のトイレでは反射的に呼吸を止めてしまう。呼吸を止めて臭いをガードする癖をこのかたずっと続けていたら2分間呼吸を止めることができるようになった。

自己臭にも敏感。汗の匂いをそのままにしておくとか、我慢できない。すぐにタオルを濡らして全身清拭が始まる。口臭も自分で感知できるものは徹底的につぶす。

水回りが汚いのが駄目

風呂、トイレ、シンク、洗面台。この4つは綺麗じゃないと駄目。少しでも水あかが見えたら、その場で掃除が始まる。中性洗剤つけてスポンジ徹底的に掃除することもある。

掃除を終えたあとの達成感はひとしお。綺麗で白いトイレを見るのは至上の喜び。その反面、汚いトイレは見るに堪えない。出先の一時的にお世話になるようなトイレなら我慢はできる。けど「ここで3日間寝泊まりしなさい」って言われたらまず最初にするのはおそらくトイレ掃除。

トイレが汚いのが駄目な気持ちに拍車をかけるのは臭い。汚さと臭いは相関関係にあると思う。

髪の毛が落ちていると駄目

フロアに髪の毛が一本でも落ちていたら、つまんで拾ってゴミ箱にポイするか掃除機をかける。気分が乗った時は拭き掃除までやる。

ホコリやごみも、基本的には駄目でその場で掃除するけど、髪の毛ほど掃除欲を刺激する物体はないと思う。

来客が帰ったあとに掃除しないと駄目

トイレ掃除と床の掃除機かけは必須。立ち小便で誰かの飛沫が壁についていると思うとちょっと耐えられない。だから掃除する。

床はみんな髪の毛が長いから、どうしても目につく。僕は五厘坊主なので、肉眼では髪の毛をとらえられないレベル。だから普段は気にならないけど、女性が滞在した場合なんかは顕著に髪の毛が見える。速攻掃除機。

毛布や布団は、貸すには貸すんだけど帰ったあとは洗濯祭りの開催。布団はクリーニングに都度出すとお金がかかりすぎるのでファブリーズでお茶を濁している。

まだらなんだけど、女性が寝泊まりした布団は、むしろそこで寝たいくらい。ここらへんは自分も普通に変態なんだなと自覚する。

爪が伸びていると駄目

昔は爪を噛む癖があった。おそらく、伸びているのが我慢できなくて、短くしようとしてガリガリ噛んでいたのだと思う。

爪噛みは自傷の一種で治すべき、という説をどこかで見て、そんで人から見てても多分気持ちの良いものではないんだろうなぁと。一念発起して爪噛み癖を治した。

は、良いんだけど今度は爪が2mmでも伸びていたら我慢できなくてパチンパチンと爪切りで深爪にしてしまう。

爪が伸びているのが我慢できない人は、神経質な傾向にあると僕は思っている。

部屋がきれいじゃないと駄目

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順番が前後したかも。部屋がきれいじゃないと駄目。物が雑多に置いてあったり、整然としていないのは無理。

書類はもちろん、ゴミが落ちっぱなしというのもあり得ない。脱いだ服が散乱なんて、天地がひっくり返ってもない。物は然るべき場所に置く。出したら所定の位置にしまう。

職場でもこの傾向あり。事務用品は所定の位置にほぼ必ず戻している。じゃないと、どうも納得がいなかい。

人の感情が見えすぎて駄目

怒り、悲しみは特に見えやすい。眉の位置、口角の上下、眉間の皮膚、たたずまい、歩き方。そこから、欲してもいないのにその人の感情が脳に流れ込んでくる。

そうなると、気を遣う。悲しんでいる人には優しく、怒っている人には触れず。

だから、誰かといると疲れる。これも神経質が災いしていると思う。なんど、もっと鈍感になれたら良いのに、と思ったことか。

でも、利点はある。相手の今やりたいことがおおよそ把握できるので、先回りしてアシストが容易。感情が見えるからプライドを傷つけないコミュニケーションを取ることがデフォルトになる。すべてのシーンでアサーティブなコミュニケーションを自動で取る。

神経質がガンになるかそれとも

  • 潔癖症
  • 完璧主義

という印象を今回の記事を読んで僕に抱いた方は少なからずいらっしゃると存じます。無理もありません。

ですが、言い訳ではありませんが、これらの気質がガンになる場合とそうじゃない場合もあるんだよ、ということを以下に述べます。

 

まずガンになる場合について。簡単です、他者にもそれを求めてしまう。これが何よりのガン。

このパターンで、多くの人が神経質な上司や伴侶に追い込まれているものと推察します。過去にそのような経験がある、または今まさに渦中にいらっしゃる方の気持ちを想像すると胸が締め付けられるようです。

人に求めてしまう人は、総じて色々なところで歪を生じやすいのだと思います。神経質、限った話ではなく。人と自分は別の個体なんだから、違って当たり前という真理を獲得していないが故。

これを伝えて変わってくれるなら良いのですが、そうじゃない人が大半ですので、そういう人からはできるだけ距離を置くのが賢い選択です。

 

次に薬になる場合。

  • プライベートなら綺麗な環境で過ごせます。
  • 仕事ならケアレスミスは減るでしょう。
  • コミュニケーションにおいては誰かを傷つけることが減ります。

ただ、周りは相対的に鈍感に見えてしまいますので、いかに人生は己との闘いなんだ、ということを自分に落とし込めるかが、人に求めてしまう暗黒道と孤高の戦いになるかの分水嶺になる得るのかなと。

 

誰かと一緒にいれない

いれない、というよりは、あえてひとりになる環境を選んでいます。誰かといるとこれまで述べたように神経質な部分で我慢してしまい、無理がたたるからです。

自分の気質を理解した、が故のひとり。今のところ行きついた場所はここです。

でも、ジレンマはありますよ。いくら、ひとりが好きと言っても時には寂しくもなるものです。身を寄せ合って思い出を共有する相方が欲しくなる夜も当然、あります。けど、自分はこんなに神経質。我慢して相手を傷つけるくらいなら、ひとりでいたほうがよほど幸せなんだろうなと。そう納得させて今宵も越えていくわけです。

歳とともに、細かくなってきました。もっと、おおらかな気質もあれば良かったのですが。これ、ないものねだりなのかもしれませんねぇ。配られたカードで勝負するしかねえな。

 

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