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ポジ熊の人生記

雑記ブログの育て方をメインコンテンツに、時事オピニオンや書評などを日々更新中です。

【足るを知る者は富む】ブログで稼いでも急に生活を変えちゃ駄目!

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足るを知る者は富むの逆のイメージ

ブログアドバイザーのポジ熊です。

みなさんどうですか、ブログで稼げてますか?

お金のことを前面に出すとエグくなりがちなので普段は話題を避けてますが、今回は少々、マネーカラーを出してみます。

好みが分かれるところですので、閲覧は任意で。

テーマは「ブログで稼げ始めたからといって贅沢するとアブねえよ」です。

この記事を書こうと思い立った2つの理由

いまは消してしまった記事ですが、その中から所感を引用しますと

 

50,000円 満足です。 ポジ熊は月に50,000円で満足なんですよ。何故ならば普段の生活を維持するのに必要なお金は、給料で賄えるからです。+50,000円だもんで、随分と楽をさせてもらっています。これ以上、貪欲にマネタイズしようとは思いません。

 

月に50,000円、というのは決して少なくない副収入ですが、これが僕の「身の丈に合ったお小遣い」であり、これ以上を望むと色々とおかしくなるんだろうなって考えます。ここが今回の記事を書く1つの理由です。

 

もうひとつは、最近、自分の買い物が羽振り良すぎなんですよね。おやおや生半可に月100,000近くもらえるものだから、気持ちが大きくなっちゃって。明らかに以前よりも嗜好品への出費が増えてるんです。これはいけないことですよ。って反省したのが2つ目の理由。

 

稼いだお金に重みはあるか?

「自分で稼いだお金なんだから好きに使って然るべき」と言われればそれは否定しないのですが、ひとつめの問題は「そのお金がどのようにフローしてきたか」ということです。 僕はブログ内に広告を掲載して得ているものが7割、商品を紹介し販売することで得ているものがその他を占めるわけですが、それが果たして今もらっている金額の正当な対価なのかといわれると正直疑問なんですよね。例えばこれを新聞配達で稼ぐとなると、そうとう骨の折れる作業になるわけじゃないですか。いやブログで収入得ることと新聞配達を比較すること自体がナンセンスかもしれないですけど、わかりやすく例えるためにあえて。

 

別に誰かをだまして収益を得ているわけじゃありませんし、サイト運営も健全にやっているつもりなんですけど、「月に100,000円をもらうことの重み」って、もうすこし大きくていいんじゃないかって感じるんです。もらえるなら越したことはない、って良く言いますけど、でもそれはそれなりの重みや重大さをしっかりかみ砕いて、かつ消化したうえで自分のものにするのが健全なんじゃないかと思うのです。

 

「得たお金に対する重みを自分の中に落とし込めているのか」

 

急に生活を変えることの危険性

まずは、使い方がわからないなら口座に預けて落ち着け。
大金が入った直後は一番危ない。それは口座に入っただけで、ほんとうの意味でのあなたのお金にはなっていないのだ。
金が自分に定着するには10年かかる。逆に言えば、10年後6億数千万残っていれば、それは本当のあなたのお金だ。

まずはおめでとう。7億は人生を買えるお金で、あなたは賢く立ち回れば一生..

これは過去にはてなアノニマスダイアリーに投稿された、totoBIGで7億円を当てた人に書かれたお金持ちからのアドバイスです。「金が自分に定着するには10年かかる」というのが重みがありますね。今回のテーマに引き合いとして出すには飛躍しすぎかもしれないですが、根底にあるものは一緒だと思うのです。ブログでにわかに儲け始めたからといって、それが自分のお金に直ちになるとは到底考えられない。

 

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副業収入等なく、ある一定の収入をもとに生活する人のイメージです。抑揚もありませんが、波乱もありません(アクシデント等はのぞく)。ブログやその他副業に触ってない人に多いパターンです。

 

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僕が思い描くブログ副業生活の理想形です。

ブログ収益が徐々に上がっていますが、生活費を変えることがありません。ブログ収入がなくても生活に困らないレベルの人は、これを実践することができるでしょう。

ブログ収益の伸びが緩やかであればあるほど、難易度は下がります。僕は今まで、このイメージ通りにやってこれたと思ってます。

 

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ブログ収益がある日突然一気に伸びて有頂天です。こうなると普段の生活も羽振りが良くなって、稼げば稼ぐほど使いたくなります。ストックに回す余念などほとんどない、危険な兆候といえます。なぜこれが危険なのかというと

 

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ある日突然、何らかの原因でブログ収益が激減しても、それに合わせて生活レベルを一気に下げられるほど人間は悟っていないので、その差に愕然となり絶望しかねないからです。贅沢をした後に質素な生活をすることは、簡単なことではありませんよね?それと一緒です。急に売れた芸能人が高級な生活をして、売れなくなった後にバイト生活に身をやつすのと同じ。

一次的な出費を重ねていればまだ傷は浅くて済みますが、長期的に収益を見込んでローンなどを組んでしまったり、膨大な維持費のかかるものに出費していたのなら、惨状は免れないでしょう。グラフをご覧ください、最後の方はかつての生活費を大きく下回る、ままならない生活にまで落ち込んでいます。暖房を消して乾麺を齧りながら毛布にくるまって震えながら過ごさねばならなくなるかも!

 

「こんなに一気に収入減らねえから!」って考えてる人は少し考えを改めたほうが良いです。昨今、キュレーションメディアの没落はインターネットに親しむ人であればご存知でしょう。Googleが認める範囲内で、どんなに人道に外れた手法を使っても稼ぐことができたのが従来のSEOです。しかし、これからはGoogleの検索アルゴリズムにこの事件がどう反映されるのか、予測もつかない。今までまかり通っていたことが、一気にNGになる可能性だってあります。

 

いや、もうGoogle一本に頼る時代は転換を迎えるかもわかりません。新たな検索エンジンが台頭し、それがユーザーの求める適切な情報を導き出す新たな勢力となれば、そちらにネットユーザーの比重が大きく傾くかもしれない。ともあれ、現状のテクニックを駆使して手を動かしていればいつまでも儲けることができる!と考えるにはあまりにも危険ということです。どうですか、もし今日限りでGoogleに三下り半を突きつけられたとして、あなたのブログ収益は安泰でいられますか?これくらいの想像力は働かせておくべきだと思うのです。

 

と、いうわけで現在のフローがいかに不安定かをお話ししました。

 

社会に出てお勤めして、人間関係に苦労しながらも世間に認められながら過ごす人の安定感というのは、それなりに価値があるということです。これは決してサラリーマンを推奨するわけでもネットで生活している人を否定するものでもありません。ただ、今の自分がやっていることへのリスクをリアルに考え、危機の分散を可能な限りイメージしたほうが良いということを伝えたかった、そして最も言いたいことは「今の生活を急に変えないほうが良い」です。

 

故人の箴言と「満足すること」について

足るを知る者は富む

人間の欲望にはきりがないが、欲深くならずに分相応のところで満足することができる者は、心が富んで豊かであるということ。

足るを知る者は富む - 故事ことわざ辞典

知足安分

《足りることを知り、分に安んずること》満足することを知らないと、どんなに豊かであっても安らぐことがないということ。置かれている状況を自分に見合ったものとして不平不満を抱かないこと。安分知足。

ちそく【知足】の意味 - goo国語辞書

満足する力について

努力も才能でありますが、満足する力も才能、僕はそう思います。お金を持つ者が強者となる世界で、ひたすらに強さを求めて前進する生き様もまた魅力的ですが、どこかで満足することができなければ人間の心に平安は死ぬまで訪れないのでは?と考えるのです。稼ぐブロガー然りですね。

 

稼ぐに越したことはないし、好きなだけ稼げばいいと思います。が、それが自分の適正な力だと誤認して生活レベルを急に変えてしまうのは、とても知者とはいえません。どこかで満足ラインをしっかりと設けて、自分の中のあふれ出る欲望に歯止めをかけねばならない。

 

ブログの収益なんて泡沫と考えていたほうが健全です。

 

そうすれば血眼になってマネタイズに走り続ける必要もないでしょうし、穏やかなブログ生活が送れると考えます。稼ぐことだけを考えずに、読者目線でのコンテンツ制作に注力することもできるでしょう。

 

ここでブログ飯をしている人へのフォローをしたいのですが、本業(?)がブログ一本という人は先立つものを生み出す力をそれだけに賭けているので、血眼になるのは仕方ないと思います。だから、こういう人たちに「足るを知る者は富む」なんていうつもりはない。それは仕事(生きること)なのですからね。どうか全力で稼いで頂きたいです。

 

そうじゃない方、例えば僕のようにサラリーマンの傍らブログを触っている人について、にわかに稼げるようになったからといって今自分が持っているものの価値が霞んでしまうような盲目にはなってほしくないと思います。手元のカードを見てください、あなたにはブログ以外でも価値あるものが並んでいるかもしれない。それを不用意に捨てるようなことのないようにしてください。ブログ収益は棚から牡丹餅、泡沫です。非常に不安定な存在です。だから、安定して持っているものを大切にして、満足ということを今一度考えながら生活してみましょう。

 

 

なお、「清貧」についてですが

私欲をすてて行いが正しいために、貧しく生活が質素であること。

清貧(セイヒン)とは - コトバンク

はき違えると資産階級が労働階級をコントロールするための詭弁に転じかねないので、僕は好きな言葉じゃないです。生活に窮する状態を是とすることは良くない。人は等しく文化的な生活を送る権利があり、それは社会が担う課題だと考えます。 

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