最近、ふと気づいたことがありました。
ブログがパワフルに更新されたり記事が面白い筆者は、苦労した過去があったり現在進行形で苦労してる場合が多いような気がするんです(過去記事やプロフィールを確認した結果)。
苦労人にありがちなこと
一緒に仕事をしていて「気が利く」であるとか、人当たりが良かったり好印象を受ける人は、過去に何らかの苦労をしている場合がほとんどです。
逆に、自分勝手で相手の気持ちを考えられない人は、あまり苦労をしてこなかった人たちですね。
さて、ブログの話に戻ります。
記事が面白いには理由がある
やっぱり記事が面白い人には理由があることが多い。そして、苦労した経験則から奏でる、みなぎるパワーは、その人が持つ「負のエネルギー」を存分にぶつけて生まれているのではないかと思うのです。
負の部分を逆の「正」に変換しているともいえます。負を負のまま自分の中にため込み続ければ、それはさらなる負を生んでしまいます。そうならないように、こういった「ブログ」という創作活動の場において、自分を表現するという形で昇華させているのではないでしょうか。
※苦労していないと面白いブログか書けない、なんてことはありません!ただ、面白いブログの作者さんは、苦労されている方が割合多かったので、このような取り上げ方をさせて頂いております。誤解のないよう、記しておきますね。
苦労人はブログやってみたら?
現在、苦労をしていたり、過去に大きな失敗をして負のエネルギーをお持ちの方には、是非ともブログをお勧めしたいです。だって、面白いブログを作ることができるパワーを秘めているかもしれないのですから。
ブログにこだわるには、理由があります。
ブログは誰に宣言しなくても、ネット環境と最低限の機材があれば始めることができます。知人にも、友人にも、家族にすら言う必要はありません。むしろ、自分の内面を存分に吐露するために、言わないほうが良いくらいです。
誰に伝えずとも、コツコツと自分の言いたいことを記事にして重ねていけば、それに共感する人も増えてアクセス数が増加します。そこで目に見える形で「社会との接点」を見出すことができます。その時点で「孤独」ではなくなるのですね。
目に見えないコミュニケーションが虚構だと感じるなら、それは時代遅れの考え方です。これからは人と会わなくても食い扶持を稼ぐことが現実的に可能なインターネットの時代です。
アクセスが増えるイコール社会の接点が増えると単純に解釈しても良い。そこで存分に自分の意思を反映させたコンテンツを成長させることができるのなら、それは小さな、ですが確実に「社会での成功」なのです。
ブログ、それは負のエネルギーを正のエネルギーへ転換する最適なツールだと考えます。
今までとても苦労されてきた方、または現在とても苦労されている方へ伝えたい。あなたたちはこの世界で大成できる可能性を大いに秘めております。
自分を信じて、トライしてみませんか?
絵美:苦労してる人のブログ人気って、なんでしょうね?
理沙:前に進む姿が良いんじゃない?
ポジティブってこと?
早い話がそうね。生きるってのはただでさえ苦痛を伴うのに、それにくわえて波乱万丈の人生を送った方の心情というのは推し量れないほど痛々しいイメージを持たれがち。でも、そんな困難を乗り越えて前に進む姿は、神々しさというか燦然たる輝きを放つ希望にもなり得るのかなって。
先輩、出家でもされたんですか・・・?