羆の人生記

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出る杭は打たれるインターネットで打たれ強く生きる

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初めてのIDコールが批判的な内容だった話 - Life is alright。

こちらの記事内容について言及致します。言及とは、ブログサービス「はてなブログ」におけるいちシステムを指す言葉で、端的に説明すると

「相手のはてなidや記事リンクを自分の記事内もしくははてなブックマークコメントに記述することで、通知としてその相手にお知らせを飛ばすこと」

です。はてなブログヘルプには「言及」というシステムそのものはありません、ヘルプ内の「引用ツール」項でこの言葉を多用しています。

f:id:pojihiguma:20170403044113p:plain

こんな感じ。

今回の記事を公開した時点で、相手に通知が飛ぶことになります。

 

2018年10月31日追記

記事内"idコール"は、現在終了しています。

詳細はこちらの記事を参照。

批判的言及の破壊力

「お、紹介されたみたいだな、嬉しい!」と明るけりゃ月夜だと思う心境で気楽に通知内容を確認してみたら、あらびっくり奈落の暗闇だったといわんばかりの恨みつらみ妬みそねみが語られていたーなんてことは、僕のブログ史においては枚挙にいとまがないのですが、ブログを始めて期間の長くない人には馴染みがないわけです。

id:bucchiz氏についてもそうでした、ブログを始めて2か月とのこと、そもそもidコールや言及(以下「言及」)のシステムさえご存じなかった、これは普通です。ですが、ある日飛んで来るは一本の矢で、そこに括りつけられていたのは後ろ向きな内容だったようですね(中身までは見てませんけども)。

どこでコメントを書いたのか追ってみました。

すると、私が以前、他の方の記事に対してブクマをつけた時に書いたコメントに対するものでした。

その時に私が書いたコメントは特に誰かを批判するようなものではありません。

子供を持つ親として当然のことを書いただけだったのですが、その方には合わなかったようです。

ちょうどその記事はバズっていて、私のコメントに同調してくださった方からスターを100個以上もらったので、私のコメントが常識外れな意見だったわけではないと思っています。

おそらくブログを長年やってこられた方から見るとそれぐらいよくあることと思われるかもしれませんが、まだブログ始めて2ヶ月の私にはショックでした。

初めてのIDコールが批判的な内容だった話 - Life is alright。

当サイトに飛んでくるのは、現在では概ね好意的な言及です。が、始めて2~3か月の露出が一気に増えた時期などは否定的な言及が多く、中には生理的嫌悪感をむき出しにした、呪わんばかりの内容が記されていることも珍しくなかったのです。なので、僕は今でも言及がくると、多少は身構えます。多少、ですけどね。はてなブログで1年半も書いてると、嬉しいことに(悲しいことに?)そういう指弾には耐性がついちゃうんですよ。

思うに、否定的な言及って精神的負荷が凄く強いんです。食らったことない方には想像がつきにくいかもしれませんが、いちど浴びてみると理解することができます。なんというか、現実世界でノーガードで人格攻撃浴びたような衝撃があるんですよ。これを機にブログを止めてしまう人も、少なからずいるのではないかと想像します。それくらいに攻撃力が高い。 

id:bucchiz氏の対応は正解だった

どう対処しようか考えました。

1.反論する

2.運営に報告する

3.無視する

1.はまたさらに反論されて延々と言い合いが続くはずです。不毛な争いは避けたいところです。

2.はIDコールはシステムとしてあるわけだし、中傷されたとかそういう話でもないので的外れ。

で、結局3.の無視が一番だという結論に落ち着きました。言いたいことはあるけど言ったところで納得してもらえるはずもないし。

でもなんかモヤモヤする・・・気にしないっていってもそうそう簡単に忘れられませんでした。

初めてのIDコールが批判的な内容だった話 - Life is alright。

「それ、正解」とか、どこか上からになって恐縮なのですが、正解だと僕は思います。否定的な言葉には無視が一番。その言葉がこちらをを慮って、危機一髪の状況を救うべく放たれた救いの一手であるならば襟を正して受け止める必要はあるかもしれません。ですが、明らかに個人的に嫌悪感をむき出しにして攻撃してきた場合などには、万人に提示できるソリューションとしての「無視」が燦然と輝く王道のうち筋となるのです。

僕はかつて否定的言及を受けた際に、選択1の「反論」をしたことがありますが、その際には当サイトが燎原の火に包まれたことを申し添えます。相手の意見が客観的に正当性を帯びているか(因習を含め)で、このような事態にも発展する、ということをお伝えしたい。件の言及は僕の比が強いと過半を超えるオーディエンスが判断して、石打の刑が執行されたわけです。自分でも比があったことを認め、謝罪しました。

ま、問題はこの後のことですわな。心の問題です。id:bucchiz氏もおっしゃるように、モヤモヤが晴れるわけではないんですよ。リアルでもそうでしょ、喧嘩した場所から離れた途端に心が晴れるかどうか、想像すればわかることです。人間のメンタルというのは、ゲームキャラのそれと一緒にはならない。エネルギーと可塑性を持つ、目には見えないけど確かに存在する「もの」なのです。こういうことがあるとやっぱりモヤモヤしちゃう。

まぁ、あとは各自、心の調律でなんとかするしかないですね。マインドフルネスでも心理学的に実践されている卑近なテクニックでも結構です、「終わったことはどうでもいい」と開き直って、とっとと忘れるに限ります。攻撃食らって面白くないかもしれませんが、いつまでも引きずるとそれこそ相手の思うつぼ。忘れた時点であなたの勝ちですよ。勝者なんていないんですけども。

出る杭は打たれるインターネットで打たれ強く生きる(後記) 

id:bucchiz氏が言及を受けた要因を見るに、「某記事に氏がつけたブックマークコメントにスターが集まり、露出度が高まってアンチを呼び寄せた」といったところでしょうか。

なんのこっちゃな人に説明しますと、例えば誰かがある記事を書いて公開したとします。これを読んだユーザーは『はてなブックマーク』というサービスを利用して「しおり」的なものを付けることができる。そこには100文字以内のコメントを添えることも可能で、これは(非表示設定していなければ)ほかのユーザーも閲覧可能なんです。で、それに「いいね」的なスターというものを付けることができる。スターの数(人数)に応じてコメントは上位表示されることとなり、否が応でも多くの人に見られちゃう、と。

まぁ、目立っちゃったんですわ、良くも悪くも。

 

当サイトに批判が寄せられるようになったのは、開設2~3か月目のソーシャルでの拡散が増大した時期です。つまりは露出が増えた、「出る杭となった」のです。そこにハンマー(手斧と呼んだ方が適切かな)が振り下ろされた、そういうわけですな。

現実世界でもインターネットでも出る杭は打たれる。

リアルもネットも日本的なんですよね。

 

なお、批判に対する姿勢や考え方、対策というのは

はてなブックマーク非表示やコメント欄閉鎖方法、idコールへの対応など - ポジ熊の人生記

ブログへの暴言誹謗中傷ネガコメネガリプ対処法 - ポジ熊の人生記

ブログへの暴言や誹謗中傷を恐れず、ありのままの自分で表現すべし! - ポジ熊の人生記

ここらへんで散々語っていますので、処方箋にしていただければ幸いです。って、どれだけ関連記事書いてんだろう、それだけ思い出がいっぱいってことなんだろうけど(笑)

 

「自分は間違っていない」というのは、あくまでも「自分の眼鏡」でものを見た際の評価であり、100人いれば100通りのものの見方がある。人によっては笑い転げるコンテンツも、別の人によっては人格を傷つけられる無慈悲な刃となるのです。この真理をまずは把握しておく。

社会通念上、明らかにモラルに反する内容だとか悪逆非道だとか、時には法律の埒外における言動を記録した記事を公開した場合につくコメントを無視した場合は、それなりの制裁を受けることは免れない。この部分は外せない補足です。

これを踏まえたうえで・・・

打たれ強く生きてほしい。

何度も述べますが正当性のない個人的な攻撃・否定というものに対する最善解は「無視」です。徹底的に無視しましょう。反撃は相手を燃え上がらせるだけでなく、我が身をも焦がします。いや、むしろ自分だけ燃やしているといっても過言じゃない。相手と同じ土俵に立ってはいけません。これはリアルでも一緒です。相手のいない喧嘩はできぬ、とも申します。取り合わなければ試合は行われませんので、是非とも不戦勝の姿勢を貫いて頂きたいなと存じます。

 

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能力があるから杭が出る。面白くないから、その杭を打つ。

ある人は丈を短くし

ある人は折れてしまう

あなたの杭は「こんにゃく」でできた杭であれ。

撃たれてもグニャっと手ごたえのない杭、でも丈は短くならずに、これからも伸びてゆく。そういうイメージが理想です。

折れていった釘たちに追悼の意を表するとともに、これからインターネットで生きていく人へのエールを送り、この記事を締めたいと存じます。

頑張れ!