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書籍『下流老人』感想 読めば老後破産の恐ろしさが嫌でもわかる - ポジ熊の人生記
に引き続き書籍『貧困世代』の感想となります。
ここでは、本の内容がどのようなものなのか、何が得られるか、また僕が最もエンパシーを得た部分について焦点を当てて記載します。
本の内容と得られるもの
貧困生活支援活動を行うNPO法人での活動実績、さらに大学で教鞭をとる筆者の藤田孝典氏が、20万部を超えるベストセラーとなった『下流老人』に引き続き若者の貧困を世に知らしめるべく上梓したのが『貧困世代』です。
第1章 社会から傷つけられている若者=弱者(じゃくしゃ)
貧困にあえぐ若者の実例をいくつか挙げており、これを追体験することでどれほど若者達が貧困に喘いでいるかを知ることができます。内容は壮絶なものばかり。でも、これが現実です。
第2章 大人が貧困をわからない悲劇
5つの「若者論の誤り」を正鵠を射るかの如き理論で正しており、ここは僕が最も感銘を受けた部分です。
第3章 学べない悲劇ーブラックバイトと奨学金問題
ブラックバイトや奨学金問題に焦点を当て、若者が学べない現在では貧困が連鎖し固定化してしまうという現状に警鐘を鳴らします。努力至上主義者には必見の箇所でもある。
第4章 住めない悲劇ー貧困世代の抱える住宅問題
住宅は最大の福祉制度である
思わず「なるほど!」と声が出たほど。若者の貧困のみならず少子化にも強い因果を持つ住宅問題にクローズします。
第5章 社会構造を変えなければ、貧困世代は決して救われない
全ての若者を一様に語るのではなく、「個別具体的なアセスメントを行うべきである」という落としどころに唸ります。質の良いソーシャルワーカーが適切な関りを持つことが肝要であり、やはり社会構造を根底から変えていかねば現状は改善しない、というところに帰結していきます。
「社会を変えろ!」と声を上げるばかりでなく、「ではどうすれば良くなるのか?」の具体例を示すあたり、この本が優れた著述であると感じる根拠なのです。
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さて、すべての章をざっと紹介してみました。
この時点で書籍に興味をお持ちの方は迷わず購入されることをおすすめします。貧困にあえぐ若者がおかれている状況は、地獄などという抽象的な世界などではなく、同じ空の下で起きている現実ということを、書籍からでも実感してください。
次に、僕が最もエンパシーを感じた第2章の一部に焦点を当てて述べたい。
若者への5つの誤解
1 働けば収入を得られるという神話(労働万能説)
誤解:終身雇用と労働賃金上昇が当たり前の時代は「とにかく働けばなんとかなる」
現実:労働市場の劣化により、いくら働いても豊かにならない若者が氾濫(ブラック企業や低賃金、非正規雇用増大)→労働意欲低下
所感:高度経済成長期の感覚で若者を見ても、貧困問題は全く見えてこないばかりか働かないクラスタへのスティグマに変遷しかねない誤った視点です。新卒をスリップした就職浪人や奨学金返済でがんじがらめになるという部分も考慮しないと...。
やはり、労働市場を改善させるには社会構造を正していくしか道はなさそうです。
2 家族が助けてくれるという神話(家族扶養説)
誤解:家族が若者を支援する母体となりうる素地が各家庭には構築されており、大きなバックボーンになる
現実:世帯年収の激減により相互扶助機能はかつてないレベルに落ち込んでいる
所感:年収が減れば親世代も自分たちの生活を維持することで精一杯になることは想像に難くないでしょう。『貧困世代』から衝撃を受けた部分を以下に引用します。
わたしは生活に困窮してしまった若者たちの相談を受けて、年間何十件も生活保護申請に同行する。NPO法人全体としては、何と年間300件超(!)である。申請に行くと、福祉事務所職員は必ず「頼れる家族はいませんか?」と聞く。
しかし、家族が扶養できた事例には、残念ながら一件も出会っていない。
「一件も」・・・いかに家族の無縁が若者の貧困を生んでいるかを如実に物語る事実です。
3 元気で健康であるという神話(青年健康説)
誤解:若いうちは病気などしない
現実:複雑な社会構造がもたらす心の病が若者の間で増加
所感:日本は若者の死亡原因に占める自殺の割合が先進国の中でダントツであり、それは書籍内でグラフとして提示されています。
かつて様々な縁により苦境に陥った若者には手を差し伸べられていましたが、現在では都会でドロップアウトすればゴールのない迷路に迷い込むことになる。その只中でメンタルを病み、就労が困難となって社会の闇に埋もれていくのです。
4 昔はもっと大変だったという時代錯誤的神話(時代比較説)
誤解:「戦後はもっと大変だった」「若いうちの苦労は買ってでもしろ」
現実:価値観の違いで大変さの評価が違うのは自明の理、さらに非正規が過半を占めて住む場所もままならない現在の労働市場では「生まれ持った運で人生が決まってしまう」と表現しても大げさではない
所感:良いですよね、「根性」出して働けば報われる時代って。そこで価値観を醸成してきた人から見れば、確かに若者が貧困にあえぐ姿というのは不思議なのかもしれない。
「なぜそんなに苦しんでいる、頑張ればいいじゃないか」いやいや、違うんです、頑張っても報われない蟻地獄に落ちている蟻のような、真綿で首を絞められているような状況に若者は苦しんでいるのです。
5 若いうちは努力をするべきで、それは一時的な苦労だという神話(努力至上主義説)
誤解:「一日一日を懸命に生きれば、未来は開かれる」云々
現実:非正規雇用やブラック企業、ブラックバイトでどれだけ懸命に生きてもジリ貧
所感:努力が美化されて、それが全てを打開するような風潮がこの国にはありますけれども、それは現実を直視していない証拠です。どれだけ足を動かして先へ進もうとしても、ぬかるんだ地盤でいくらもがいても消耗するだけ。
この「地盤」をいかに安定させるかが肝要であり、それこそが社会構造の変革や改善なのです。
おわりに
自分は運がいい。
高卒だけど金銭やコミュニティに困窮しておらず心身共に健康なのです。
麻雀で例えるなら役満のようなもの。これは自慢でもなんでもなく、今の自分の立場をやっと俯瞰できたという表現です。今は過半にも満たないのでしょうが、幸せに生きている人はなにとぞ「自分の運の良さ」を自覚してください。
まずはこの自覚が必要なのです。さもなければ「俺は努力でここまできた、だからお前の貧困は努力不足なんだ」という歪んだヘイトを生みかねない。
努力は否定しません、僕もここまで安定した基盤を築けたのは努力に依るところもあります。ですが、両親は健在で世帯収入も平均以上、虐待を受けたわけでもなければ学校で虐められて引きこもりになったわけでもありません。
様々な背景の中で生まれた貧困について一様に「努力しないからだ」と切って捨てるのは根本的な解決にならないばかりが、より苛烈な惨状を生んでしまう。貧者を救うには個別具体的な対策が必要であり、それがアセスメントを含めた適切なソーシャルワーキングなのです。
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長年、自分の中で凝り固まった「努力至上主義」をものの見事に氷解してくれた『貧困世代』社会構造の抜本的改革へ向けた問題意識の醸成を一役も二役も担う良書であり、現代人必読の書としてここに推薦させていただきます。