羆の人生記

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ひとり好きが容認される社会

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人と関わることにエネルギーを消耗する。

 

人は好きだし、関わりは人生を助けるけれど、直接会ったり電話したりメールしたりするのにとにかくエネルギーを使ってしまう。

 

生来の気遣い癖があるから、他の人より余計に疲れてしまうのは仕方のないことだけれど、社会的にこれが容認される空気になるまではとても苦労をしたものだ。

 

例えば先輩方に誘われて飲み会に行くとか遊びに行くという場合に、本当は1人でゆっくりしたいのにそれを断ると「あいつは付き合いが悪い」という烙印を押されてしまい、仕事にまで影響するだとか。こんなことを何度も何度も経験してきた。

 

新型コロナで拍車がかかった感があるけど、それよりも少し前からだろうか、1人でいることを社会が容認し始めたように感じる。理由は分からないけれど、簡単に考えると時代の変化なのだろう。

 

団体で何かをすることがあたりまえ、群れてナンボ、他人への干渉、お節介、村の祭りは強制参加。

 

こういうのが個の時代への移り変わりに伴って廃れていく。

 

集まって何かをしなければ刺激を得られないことはなくなった。インターネットの普及とともに、ますます個人が誰とも会わない空間で娯楽を享受できるようになった。

 

僕はこの時代に生まれ落ちたのは幸運だと思う。

 

自分の「個」好きは昔であれば「変人」として見られていたかもしれない。そうなれば、社会で孤立している感覚を深めて幸福度は下がっていただろうから。

 

しかし、今は違う。1人で過ごしても、奇異の目では見られない。いわゆる「ひとり好き」として、自然に社会に溶け込むことができる。新型コロナが、その土台を確たるものにした感は否めない。かといって、件のウイルスで被害を被った事実は肯定できないのだけれど、これはまた別のお話で。

 

今後、「個」がますます加速する。おひとりさま、なんて言葉が流行したけれど、今ではすっかり人口に膾炙して頻繁な話題にすらならない。未婚独身は増加の一歩を辿り、今後のマーケットはおひとりさまをターゲットしたものがメインとなるに違いない。

 

いつぞやは責めた自分のひとり好きを、現代のアドバンテージとして備えることができたのは、なんとも不思議な感覚。こういうところを見た人も、もし自分が人付き合いが苦手でひとり好きなのを責めているのだとしたら、それは違う、むしろ強みだと思ってもらいたいな。