ポジ熊の人生記

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映画『ジョーカー』感想 アーサーが無敵の人になっていく切なさ

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画像引用:映画『ジョーカー』ブルーレイ&DVDリリース


1年前、この作品が「陰鬱だけど超面白い」と評判だったのを記憶のどこかにしまってあったこです。それが今、芽を出した感じ。

どんな作品?

『ジョーカー』(原題:Joker)は、2019年にアメリカ合衆国で制作されたスリラー映画。DCコミックス「バットマン」に登場するスーパーヴィランであるジョーカーが誕生する経緯が描かれる。「グラディエーター」「ザ・マスター」などで個性派俳優として知られるホアキン・フェニックスが主演し、「ハングオーバー!シリーズ」を成功させたトッド・フィリップスが監督を務める。映画は2019年10月4日より日米同日で劇場公開された。R15+指定。ロケ地となったニューヨーク・ブロンクス地区にある階段が観光名所になった[9]。劇場公開当時のキャッチコピーは「本当の悪は笑顔の中にある」[10]。

ジョーカー (映画) - Wikipedia

バットマンシリーズは1回も観たことないので、同作中に登場するジョーカーに興味を抱いて観たわけではありません。

 

バットマンシリーズを観たことがある人なら、その思い入れも混みでジョーカーを楽しめると思いますし、そうじゃない管理人のような人でも十分に楽しめる作品だと思います。

 

アーサー・フレック / ジョーカー
演 - ホアキン・フェニックス、日本語吹替 - 平田広明[11][12]
精神的な問題や貧困に苦しみながらも、スタンダップコメディアンを目指している道化師。認知症気味の母の面倒を見る心優しい男だったが、自身の辛い境遇から精神のバランスを崩し、次第に常軌を逸した行動を取っていく。感情が高ぶると、自分の意思に関係なく突然笑いだしてしまう病気を患っており、また妄想と現実の区別もつかなくなってきている。
マレー・フランクリン
演 - ロバート・デ・ニーロ、日本語吹替 - 野島昭生[11][12]
人気トーク番組「マレー・フランクリン・ショー」の司会者。アーサーが憧れている。
ソフィー・デュモンド
演 - ザジー・ビーツ、日本語吹替 - 種市桃子[11][12]
アーサーと同じアパートに住むシングルマザーの女性。
ペニー・フレック
演 - フランセス・コンロイ、日本語吹替 - 滝沢ロコ[11][12]
アーサーの母親。認知症気味で体が不自由。若い頃はゴッサム随一の大富豪のウェイン家にメイドとして仕えていたとアーサーに語っている。
トーマス・ウェイン(英語版)
演 - ブレット・カレン、日本語吹替 - 菅生隆之[12]
ゴッサムシティの名士。政界に進出し市議会議員となるが、医療制度の解体を推し進めたことなどから困窮する貧困層からバッシングを受けている。
ギャリティ刑事
演 - ビル・キャンプ、日本語吹替 - 高岡瓶々[12]
ゴッサム市警の刑事。
バーク刑事
演 - シェー・ウィガム、日本語吹替 - 山岸治雄[12]
ゴッサム市警の刑事。
ランドル
演 - グレン・フレシュラー、日本語吹替 - ボルケーノ太田[12]
アーサーの同僚の道化師。彼に拳銃を譲る。
ゲイリー
演 - リー・ギル(英語版)、日本語吹替 - 越後屋コースケ[12]
アーサーの同僚の道化師。小人症で他の同僚に身長をネタにからかわれる。しかし、アーサーには比較的親切に接していたため、ランドルと共に彼の自宅を訪れた際には殺されずに済んだ。原作におけるジョーカーのずっと昔の相棒であるギャギーというヴィランが元ネタ。
ジーン・アフランド
演 - マーク・マロン(英語版)、日本語吹替 - 唐沢龍之介[12]
「マレー・フランクリン・ショー」のプロデューサー。
アルフレッド・ペニーワース
演 - ダグラス・ホッジ(英語版)、日本語吹替 - 田中美央[12]
トーマス・ウェインの執事。
ブルース・ウェイン
演 - ダンテ・ペレイラ=オルソン(英語版)
トーマスの息子。原作である『バットマン』の主人公。両親を目の前で喪った悲しみから、成人後にコウモリのコスチュームを纏って犯罪者に立ち向かうクライムファイターとなり、ジョーカーと対決することになる。
カール
演 - ブライアン・タイリー・ヘンリー、日本語吹替 - 武田太一[12]
アーカム州立病院の事務員。

ジョーカー (映画) - Wikipedia

キャストはこちら。

ちゃかり、ロバート・デ・ニーロ出てます。

 

冒頭から辛い

終始陰鬱な雰囲気を醸し出しながら展開するストーリーながら、冒頭、アーサーがピエロの格好で靴店の安売り看板を満面の笑みで掲げているところに少年ギャング達が襲来して無慈悲な暴力を浴びせるシーンがあり、なにはともあれここが見ていて一番つらかった。もう冒頭から心を痛めるわけです。

 

その後もアーサーが行政のカウンセリングサービスを受けるが理解が得られずに孤独を感じるシーン、バスの中で子供を笑わせるが母親に無下に拒絶されるシーン、さらに持病の精神疾患で場違いな場面で笑いをこらえられずに大声で笑ってしまうシーンなど、アーサーの孤独感がヒシヒシと伝わってくる描写にどんどんダウナーな気分になっていきます。

 

妄想

アーサーの母親には病的な妄想癖があり、かつて務めた富豪の家で家主に恋心を抱き、その家主の子供を身ごもったと妄想して屋敷を追い出された過去があります。それを数十年にもわたり真実と思い込み、家主に手紙を書き続けるという行動をとります。

 

アーサーもその遺伝子を受け継いだのか、妄想をしてしまう病的な気質があり、同じアパートに住むシングルマザーの女性と恋仲に陥る妄想にとらわれてしまう。

 

それに加えて、心の不安を抱えるなど何らかのきっかけにより突如始まる笑いの発作により、社会において彼は、不気味でおかしな奴とレッテルを貼られてしまうのです。

 

物語は母親の壮大な妄想に端を発し、それを解明していけばいくほど惨たらしい現実を目の当たりにしたアーサーも実は日常的に妄想の中に生きていたという展開をたどります。

 

どうですか、聞いているだけでも陰鬱とした気分になりませんか?

 

コメディアンになりたい

アーサーは、差別や自前の病気に苦しむ最中でも、幼いころからの夢であった「人を笑わせる、コメディアンになりたい」というものを強く抱いて生きていました。だから、普段の仕事も人を笑顔にするピエロなわけです。

 

凄まじい差別と偏見の目。それでもコメディアンの夢を見続けて彼なりにひたむきに人を笑わせることについて勉強し、必死で生きる。その姿を見るに、晩年、銃を手にとりt血濡れで社会に抗う彼の姿とのギャップを感じざるを得ませんし、なにか切ない感情を禁じ得ない気持ちになっていきます・・・。

 

俺の人生は喜劇だ

ずっと、自分の人生は悲劇だと思っていた。けど、すべて真実を知ってから悟ったのは、「俺の人生は喜劇だったんだ」というもの。熾烈な環境下で生きた挙句に絶望したアーサーの、人生最大の皮肉がこのことばでした。そう言いたくなるのも、無理はありません。

 

陰鬱とした人生の中にもあきらめきれない夢があって、けどいつかそれは叶うはずだ。本来は豪邸で何不自由なく暮らしていたはずなのに、家主が母を追い出したせいでこんな人生になっている。自分は本当は富豪の御曹司たりえる存在だった・・・。

 

これらがすべて吹き飛んだ時、アーサーはついに「無敵の人」になってしまいます。

 

無敵の人

ネットスラングに「無敵の人」というものがあります。

 

簡単に言ってしまえば、『失うものが何も無い人間』のこと。失うものが何もないので社会的な信用が失墜する事も恐れないし財産も職も失わない、犯罪を起こし一般人を巻き込むことに何の躊躇もしない人々を指す。

無敵の人とは (ムテキノヒトとは) [単語記事] - ニコニコ大百科

 

アーサーは、無敵の人になってしまいます。3人を殺害し追われる身となり、自分の渾身のネタはテレビで嘲笑の的となり、恋人は妄想で、富豪の子供というのも母親の妄想、さらに自分は幼少期に母や同居の夫から「虐待しても笑っている」という理由で虐げられ続け、ついには母親を自らの手で殺してしまう。

 

こうなると、もう彼に失うものはありません。そこに加えられたのは、かつて同僚からもたらされた「銃」という個人で震える大きな暴力の装置と、人気コメディ番組への出演権というもの。

 

無敵の人+銃+ライブ放送の人気テレビ番組。これを混ぜたらそのような化学反応が起きるかは推して知るべしといったところでしょう。

 

当初、アーサーはテレビで派手に自死することで自分の人生に価値ある死をもたらそうと画策します。しかし、司会者とのやり取りの中で社会に対する不満を爆発させ、ついには司会者を射殺してしまうのです。全国に放映されているライブ配信の最中での凶行でした。

 

スカッとした?それとも切なくなった?

アーサーのように、発達障害や何らかの精神疾患を抱えつつ社会で必死に生きている人は多数いると思います。社会は暖かいだけではなく、時にこういった人たちを自己責任の名のもとに追い詰めていく。弱者も救われて平穏に生きれる場合はありますが、これは生まれや周囲の環境、時代など運に左右される部分は大いにあるでしょう。

 

アーサーは、不運でした。何もかもが不運。家族も、知人も、行政も彼を救うことはない。ただあるのは、残酷な現実のみ。

 

そんなアーサーが社会、世間に対して牙を剥いた部分に関して共感できてしまう人はたくさんいるのではないでしょうか。

 

勧善懲悪と簡単に言ってしまえばそれまでなのですが、こういう無敵の人を生み出してしまう社会構造そのものに、根本的な原因があると僕は思うんですよね。

 

しかしながら、では自分の財産や収入を半減させてまで社会を救うべく立ち上がれるのか、マジョリティに相対して自我を保っていられるのかと言われればやっぱりそんなことはなくて、こうやって好き勝手にブログで履き散らかすにとどまる程度ですので。アーサーを虐げた社会側がすべて悪だと決めつけるにはバツの悪さも感じるのです。そういう意味ではなにか切なさも禁じ得ない。

 

ホアキン・フェニックスという天才

終始、狂気の中で生きているアーサーを演じたホアキン・フェニックスは紛れもない天才だと思います。主演男優賞も文句ないです、だってなんの予備知識もない管理人をここまで映画の中に引き込んでしまったわけですから。

 

ところどころ滲む、地獄の中の狂気。空笑顔、病的な笑い、ダンス・・・。見るものをうっとりとさせる闇の演技は、いったい誰がまねできるというのでしょうか。彼以外にアーサーを演じ切ることは不可能じゃないでしょうか。

 

 

以上、映画『ジョーカー』の感想です。 

 

 

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