ポジ熊の人生記

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「地味に1日を終えるのが嫌」という認知の歪み【禁煙27日目】

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仕事から帰宅した疲れ切った夜だとか、何も予定のない休日だとか、その日を終える数時間前に沸き起こる「今日を地味に終わりたくない」衝動に駆られてついついやってしまうことがある。

 

どうでもいい買い物に出かけたり、なんとなく夜の散歩をしてみたり、近所のコンビニに行って普段は飲まない酒と高めのつまみを買って飲食してみたり。

 

けど、たいてい、こういう行動のあとに感じるのは「何やってんのかな、俺」というもの。べつに、買い物に出かけたはいいけれど、さして買いたいものでもないのに、なんで来ちゃったんだろう。夜の散歩に出たはいいけれど、少し汗ばんで中途半端に帰ってきて後悔したり。夜のコンビニの酒はほんと、いいことひとつもない。金は無駄にかかるし、胸やけはするし、次の日の体調は不良だ。

 

求めてもいない謎の欲求に突き動かされては、我に返って後悔する日々。いったいこれは、なんなのだろうか。

 

ひとつ確かなことは、「地味に1日を終わる」という認知の歪みがある、ということだろう。

 

衣食住は足りているので、生理的欲求や安心の欲求は満たされている状態である。五体満足で苦痛なく、自分に危害を加えるものもない。静かな家で、安全に、1日を終えられる環境にある。

 

これを「地味」と一蹴してしまうあたりは、完全に有難みを忘れた状態といえよう。

 

今の状況で1日を終えることは「地味」ではない。「奇跡」といっても過言ではないくらいに恵まれた環境なのである。それを、謎の不安に駆られて意味不明な行動を起こしては、経済的または肉体的に損失を被るという愚行を繰り返している現在の自分には、不甲斐なさを感じる次第。

 

認知を正さねば。今の平和な状況は、至上の幸福。足るを知る者は富む、というけれど、足るを知らない今の自分には、真の富はまだまだ訪れそうにない。

 

こうして自省のブログを書いていると、だんだん、このまま1日を終えることに有難みを感じるから、不思議なものである。

 

「今日はこのまま寝てしまうと、なんだか物足りない」と感じているそこのあなた。自分の手足をごらんなさい。それを動かすことができて、新鮮な血液が供給されていて、痛みを感じることができたのなら、それだけで幸運なのである。

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photo by https://pixabay.com/ja/

 

だから、あなたの今日は地味なんかじゃない。奇跡の平和を遂げた1日なのである。

 

禁煙を継続しているあなたも。その継続にどれほどの価値があるのかを、しっかりと自覚するようにね。

 

・・・と、無理やり最後に禁煙ネタに結び付けてトンズラさせていただきます εεεεεヾ(*´ー`)ノ