ポジ熊の人生記

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自分は常に金がないと思って生活したほうがいいんじゃねえかな

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4月使用分のカード引き落としが5月にできなくて死んだ。

 

慌てて親に借りて補填して事なきを得る。いい年こいて恥ずかしいが、人間の金銭感覚は時に恐ろしいほど錯覚を起こすね。

 

4月の頭にPS4買ったんだけど、そのことをすっかり忘れていつもの調子+αくらいの勢いでクレジットカードを切っていた。引き落とす元手もいつのまにか底をついていたにも関わらず、これに気づけなかったのはなぜか。

 

いや自分の怠慢というか自己管理能力の無さ以外のなにものでもないんですけど。今回語りたいのはそういう話ではなくて、足るを知る生活をしていればそれなりにお金をかけずに過ごせるんだなぁ、と。

 

具体的には5月に引き落とせなくて爆死してから一気に電子決済による目に見えない支払いを無くし、無意味にコンビニに寄ることを慎み、近所のディスカウントストアで激安の飲み物を箱買いする。ただこれだけ。

 

なんだけど、効果はてきめん。4月分の引き落としが14万円だったのに、5月分は4万円まで低減することができた。さらに6月分は月中の現在でなんと1万円を切っている。やればできるじゃん、俺。

 

で、本題。この生活感、生活レベルをずっと維持できれば、お金に困ることなくさらに貯金までできるんじゃないの?自分はお金がないーお金がないと意識を強く持って生活。電子決済は基本しない。コンビニは行かない。飲み物は箱買い。この生活を続ければいいじゃん。

 

けど、人間てのはそう単純な生き物ではなくて、小金が懐に入ると気が緩んで消費をし始める。もうすぐ夏ボーナス。ありがたいことに夏ボーナスがもらえる模様。+給付金でしょ。給料日も来るよね。こうして一時のあぶく銭を手にしたら「もう自分は大丈夫」と錯覚を起こしてしまうんだね。怖い。そんなものは一気に無くなって、また10月あたりにヒーヒー言い始めるころには冬ボーナスも新コロの影響でアテにできない状況で困るにきまってんだ。

 

だからさ。お金が一時的に手元にあっても、それを「ある」と認識せず「あぶく銭なんだから油断してはならん」くらいに常に身を引き締めて生活してればいいんじゃないの?と思うわけ。

 

「あいつは金持ってるくせにケチくさい」ってよく言うけれど、因果が逆というか、ケチくさいから金持ってるんだわ。お金を持っていても自分はお金を持っていると認識せず、油断せずに暮らしているから無駄な出費も少ないしお金貯まるんでしょ。少しは見習わないと駄目だ。

 

まぁ、かといって出費を最小限に抑えた極端につつましい生活は文化的水準すら下げかねないとも思うので、極端な思考は避けたい。それなりに娯楽にもお金を使えるような柔軟な思考でありたいわー。これがなかなか難しいんだけれど。

 

地元旭川で新コロの給付金をどう使うかアンケートをとったところ多くの人が「貯金」と答えたらしいが、あんたら正解だわ。こんなもの、あると思って使っちゃうと、いつのまにか足場がなくなってコメディアニメみたいに空中で足をばたつかせた挙句に地面に落下して大穴あけることになっちゃうからね。実際に僕が穴の中に落ちたわけで・・・。嗚呼、iD決済怖いわー。ちゃんといくら使ったかは帳簿つけとかないと実感なくてヤバすぎっしょ。

 

童話「アリとキリギリス」でいうところのアリの意識を常に持っていたい。コンビニNG、酒たばこ当然NG、飲み物は箱買いでいきまっしょい。