ポジ熊の人生記

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ミスが許されない雰囲気の社会

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考えはまとまってないけれど、この気持ちが沈静するまえに文字にしておきます。

ミスが許されない社会。息苦しい社会の話です。

信頼とミスの不均衡なシーソー

コツコツ真面目に勤め上げる人は信頼の貯蓄をします。それは1日単位ではとても可視化できないような小さな量ですが、確かに詰みあがってはいます。そういうのが半年、1年、長い人で数年単位で他者から確実な評価を受ける。この年月の差というのは個人差があって、信頼の貯蓄をわかりやすくしている人は評価されやすい。「俺はやっているんだ!」という露骨な表現ではないにしろ、多少なりとも人目に付く場所で頑張るなどですね。または人に好かれることを意識して評価されやすい土壌を作り上げている場合など。色々と考えられます。逆に評価されにくい人は、実力もあるし真面目にコツコツやっているのだけど、どうもわかりにくい。上司にも評価されにくい。「あいつは、頑張ってるんだけどなぁ、わかりにくいんだよ」みたいな言い方をされます。僕の同期にもこういう人はいました。

で、この信頼の貯蓄なんですけれど、ミスで簡単に崩壊します。賽の河原で積み上げた石を極卒が打ち崩すかのごとく。というのは少々言い過ぎましたね、ミスの度合いに応じて崩壊するか大きく減るか少し減るかが決まります。場外ホームラン級のミスをした場合は、どんなに真面目に勤め上げた過去があろうと問答無用でつま弾き。それなりにデカいミスをやらかすと、ちくちくねちねちと数年単位で小言を言われ続ける。そして小さなミスでも「よくもまぁ、過去のことをそんなに掘り起こせるよな」というぐらいに、あの時こんなことやったよねー、あんなことやったよねー、と卒業式の合唱みたいな蒸し返しを数日ないし数週間にわたり、なさいます。

信頼とミスのシーソー。それはあまりにも不均衡なゲームと言わざるをえない。もちろん、ミス側に比重が大きく傾きすぎなのです。この世はそんなに、ミスのない世界なのでしょうか。ミスを指摘し続ける人は、パーフェクトな軌道を進んでいるとでもいうのでしょうか。はなはだ、疑問なわけであります。ま、ここまで読んでもらえばわかると思うんですけど、今回は僕の愚痴です。

ミスを許そうよ

同じミスを繰り返しても放置せよって意味じゃないよ。それじゃ人間、学びがなくなるからね。でも、半分はこの意味も含んでいるかも。同じミスでも、繰り返していいミスは多めに見ようや。ミスしてない人は、運よくミスしてないだけだと思うんだわ。で、誰かのミスを大騒ぎして指摘するけれど、それ、たまたま自分がミスしてないだけで運がいいだけだから。いや多くの場合はこうじゃなくって「自分のミスに気づいてない、あるいはミスをミスだと思っていない」ケース。これをしたうえで、人のミスを突っつく突っつく。なんだろうなー、納得いかねえ。お前、絶対人のこと言えねえよなー、と。毎日毎日、会社の帰りにモヤモヤしてんだよな、こちとら!

さらには、ミスを指摘されやすい人がいるよねー。いうなれば「言われやすい人」?っての?実は僕はそれなんだわ。建築物で例えるなら避雷針。ほかに同じような人がいっぱいいるのに、目立つもんだから「お前だー!(ドカーン)」みたいに雷落ちるの。で、「え、なんで俺だけ、ほかにもいっぱいいる・・・」って言いたくなるんだけれど、どんなに言い訳しても切符を切られて、横目に走り去るスピードオーバーの車を恨めしく思いながら反則金を払いに行く切ない人生を送るタイプな。

部下がミスをしたら?

もし、僕の部下がミスをしたら、どうしようかな。これを考えてみたい。まず、そのミスが起きた状況、部下の心理状態、周囲の環境などを把握する必要があります。「あいつだからミスした」とか「そんなのありえない」などとしてしまえば、それで終わってしまいます。犯人捜しをすれば、それで自分や周りの一時的な溜飲は下がるかもしれませんが、それでは根本的な解決には至らない。

肝心なことは「再発防止」です。原因はどこにあったのか。ピンポイントではなく、色々な複合した要因を考えなくてはならない。その中には当然、ミスした個人の心理状態も関わってくるかもしれませんが、その心理状態を作り出した素地も洗い出す必要があるでしょう。例えば寝不足で発生したのなら、どうして寝不足になったのか。そこには日常生活習慣に改善の余地があるのかもしれない。我を失っていたのなら、どうしてそのような心理状態になったのか。部署内の人間関係が上手くいってなかったのかもしれないし、薬を服用していた可能性もある。部署の雰囲気や人間関係が影響しているなら、会社としてどのような雰囲気を作っていかなくてはいけないのかも真剣に考えなくてはいけない。

で、まぁ色々うだうだ書いたけれど、僕個人としては「まぁ、それくらいのことは、誰にでもあるんじゃね?いいじゃん今後気を付けようよ」で、済ませられるミスは済ませたい。ケアレスミスなら、人間誰にでもあるんだし、たまたま失敗しただけじゃん大騒ぎするんじゃねえよ、とドーンと構えて対処したい。もちろん、してはいけないミスもあるし、それに繋がる枝となる危険なミスもある。大勢の命を預かる職業の人が、事故が起きるか起きないかの因子を生じるようなミスをしてはいけない。と思うし、一人では到底チェックできないなら、複数名でのチェック体制を整える必要も出てくる。そうじゃなくって、ほら、あるじゃん、書類の誤字脱字の1文字や2文字。こういうのに鬼の首を取ったかの如くやんややんや言うのは止めようよ、って話さ。

こんな雰囲気の社会を逆手に取るのであれば

まず、怒ってはいけない。ミスを面白おかしく茶化されることもあると思うけれど、それでムっとしたり反論したりすると、相手を煽ってしまう。相手は過去のミスをほじくり返すことでマウントを取ろうと躍起になっているだけ。なので、上に乗らせてあげる。「いやー、そうでしたねー、あの時はひどい失敗をしてしまった!まいったまいった」ってな具合に頭をポリポリとかいて舌をペロっと出せばいい。そうすれば相手は「よしよし」とばかりに気をよくする。中には「お前、凝りてないな」と言ってくる人もいますが、こういう場合も「いやいや、凝りてますよ!もう懲り懲り!」と畳みかけるようにテヘペロしてください。それで下がっていくはずです。過去のミスについて本気で怒っている人は、アプローチの方法が違うと思います。きっと、「ちょっと時間貰える?」と2人になる場面を作って、目を見て切り出してくるはず。でも、こんな人いないでしょ。過去のミスについて、膝を突き合わせていまさらどうこう話そう、なんて人はほとんどいないんです。みんな、その場で笑いの肴に人のミスをあげつらいたいんです。じゃ、笑わせておきましょうよ、と。怒ってもなにもいいことなし!

で、次にこう考えましょう。「ミスをどうこう言ってくる、というのは、自分に期待してるんだな!じゃあ、それに答えて頑張ろう!」と励みにしちゃうことですね。あーだこーだ言ってくる相手に対しては、「こんな私にエネルギーを使ってくれてありがとうございます。その期待に応えて頑張ります」ってところがベストな心構え。いっかい、過去に凄い怒られ方をした時に、同じような解釈をして「ありがとうございます、頑張ります!」と元気に返したところ、こいつは頭がおかしいと思われたことがあります。え、そういう意味じゃなかったのか(◎_◎;)ま、よほど図太い神経をしていないと難しいかもしれませんが、少なくとも「また言われた、こんな自分に価値はないんだ」とクヨクヨするよりはずっと精神衛生上よろしいですよ。開き直っちゃいましょう。相手の思うつぼになっては駄目。罵詈雑言すらも肥やしにするくらいのゾンビプレーを見せつけてやりましょう。

最後に

悪いところだけを見られて陰湿に攻撃され続ける場合は、単なる茶化しではなく「いじめ」や「ハラスメント」に該当するかもしれません。その時はしっかりと証拠集めを。ボイスレコーダーで暴言を記録し、音声データと合わせて時系列で誰に何を言われたかを書き留めてください。そして、然るべき場所に訴える準備をしましょう。

今回、僕が書いているのは恵まれたサラリーマン、しかもミスを指摘されやすい標的系いじられキャラの単なる愚痴です。でも、あなたが日常的に体験しているミスの指摘が、実は命を脅かす攻撃であるかもしれません。我慢しすぎないでください。しっかりと相談できるところには相談してくださいね。

 

愚痴ってスッキリしたぜ!

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