ポジ熊の人生記

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ピエール瀧のコカイン事件に思う「日本社会の呪い」

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この事件を知った時は「なんかすごい有名な人がコカインで捕まったんだなぁ」くらいの気持ちだった。TVをほとんど見ないから。

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画像引用:俳優のピエール瀧容疑者逮捕 コカイン使用疑い | NHKニュース

 

ただ、このあとの話、主に報道の在り方について話題になった件については、ちと考えるところがあった。

荻上チキさん、ピエール瀧容疑者の逮捕報道でメディアに苦言 「何を目指しているのか…」 | ハフポスト

 

ピエール瀧について日本社会は不寛容である、と述べた記事に対しては

ピエール瀧氏逮捕で表面化する日本の不寛容 - フロイドの狂気日記

いや違うよ、「依存性のある、反社会的勢力の飯の種になる物質」に咎があるという話だ。麻薬に寛容になってはいけない。厳しすぎるくらいでいい。ただ、更生プログラムなど再出発も全力で支援するべきよな。

2019/03/14 07:31

以上のように考える。

「誰も傷つけていない」というのは違うと思う。

依存性のあるものを売りつける時点で犯罪的だし(タバコもそうだからね?)、ルートに反社会勢力が絡んでいるなら、なおさら駄目だよ。

麻薬は駄目。 不寛容すぎるくらいでいい。

さて本題へ。

日本社会の呪い

  • 罪を犯したものは「穢れ」だ。
  • どんなに酷い罵声を浴びせようが問題ないだろう。
  • こんなやつを育てた親は、どんな顔をしているんだ?
  • こいつのWikipediaページをメチャクチャに編集してやろう。
  • 公式ホームページに呪いの言葉を書き込んでやろう。
  • 実家に突撃してやろう。
  • 所属会社に電話して、ひたすら罵声を浴びせてやろう。
  • 二度と社会に出られないように、鉄槌を下すべきだ。

以上は、日本社会の呪いの一部である。僕の頭の中におもいついたことを列挙してみた。こんなものでは収まりがつかないくらい、有名人の犯罪に対する世間の呪いは、すさまじいものがあるだろう。 

これを見てどう思う?

当然?

それとも異様?

僕は異様だと思うね。日本社会は恐ろしい。人を憎んで罪を憎まず、といったところか。

罪を憎まず、は少し言いすぎかもしれないけど、でも、人憎さで確実に罪への視点が盲目化している。

人に攻撃して、いったい何の生産性があるのか。普段、大人しい陰に隠れている人間たちが、ここぞとばかりに現れて、鬱憤を晴らしているようにしか見えない。ただただ怖い。

ただ、悲しいかな、これが日本社会のスタンダードなのである。つまり、「呪い」を当たり前のように内包している、ということだ。

で、マスコミさんも金になるから、人を攻撃するような報道を繰り返す。コメンテーターも品性のかけらもなく、なじる。

コカインの危険性が重要

ちょっと長いけど引用する。

薬物に詳しい昭和大学薬学部の沼澤聡教授はコカインについて、「覚醒剤と並んで極めて危険な薬物だ」と話しています。

その理由は依存性の高さで「コカインを摂取した場合、覚醒剤に比べて多幸感などの精神作用がすぐ現れる。作用が消えるのも早いのが特徴だ。そして、その反動で急激にやる気がなくなったり嫌悪感が強く出るため、それを避けようとして繰り返し使用することで短期間で依存症となる」と指摘しています。

そして、肉体や精神に与える悪影響については「大量に摂取した場合、攻撃性が強くなりさらに大量に飲むと、血圧が上がり脳内出血を起こすなど死に至るケースもある。精神への作用が強いのも特徴で、皮膚の中に虫がはっているような幻覚がおき、ペンを突き刺すといった自傷行為に及ぶ人もいる」と話しています。

幻覚作用が強いことから、海外でミュージシャンなどが、芸術活動のためだとして使用するケースもあるということです。

そして一度、依存状態になってしまうと、回復は容易ではなく、「精神依存は脳の機能が壊れてしまうということで、薬で治すことができなくなる。治療法としては同じ依存症の人たちが集まり相互に監視するなど助け合って、使わないようにするくらいしか方法がない。たとえ使わなくなって何年経ったとしても、ちょっとしたことからまた使い始めてしまう人も多いのが現状だ」と話しています。

また沼澤さんは「初めて薬物に手を出すのは10代や20代といった若い時が多い。その人たちの手に届かないような対策を進めていく必要がある」など若い世代への対策が特に大切だと話していました。

ピエール瀧容疑者のスマホ押収 コカインの入手先捜査 | NHKニュース

専門家に指摘されずとも、コカイン(を含む麻薬全般)がいかに危険かは子供のころからの教育で多くの人は知っていると思う。それに、僕もコカイン密造密輸のドキュメンタリーを何度も見ているから、その恐ろしさは頭の中ではわかっているつもりだ。

こういうところを重点的に報道していくのが筋なんじゃないかなと思う。もちろん、国内にコカインが流通していて、それを使用できるという事実も報道すべきだし、それらをどう撲滅したらいいのかも当然、優先順位は高い。

ワイドショーで面白おかしく、やんややんやと「ピエール瀧」を糾弾するよりも、まず報道することがあるでしょ。

気持ちはわからんでもないよ、そりゃ今まで活躍していた有名人が麻薬使用、となれば世間への衝撃は大きい。騒ぎたくなる気持ちもわかる。

でも、本当に大事な「麻薬の危険性と、麻薬撲滅に対する啓発」を忘れて大騒ぎするなんて、小学生の悪ふざけみたいにしか見えない。 この国のこういうところ、凄く嫌だ。

この国は少しずつでも変わりつつある・・・のか?

ピエール瀧が出演するドラマやゲームの自主規制については「作品に罪はない。だから、なんでも規制するのは、違うと思う」という言説が今回の事件後にちらほらと見受けられて、驚いた。

今までもこういう意見はあったのだろうけど、それが表面化することって、ほとんどなかったんじゃないかな。少なくとも、僕の観測範囲では見たことがなかった。

それに、冒頭の萩上チキさんの話。麻薬取締における報道の在り方について一家言あったこと。それが、少なからずの人たちの目に触れる形で、話題になっていること。これは、なんだろう、この国も何か変わりつつある一端なのではないか、と淡い期待をせずにはいられない。

 

僕的には、ピエール瀧さんは自分のやったことを真摯に反省してもらって、司法に然るべき裁きを受け、何よりも望むことはコカイン含む麻薬類には永遠の別れを告げて、再び多くの人の笑顔を作り出すような人に返り咲いてほしい、ということだ(ごめん、僕はTVをあまり見ないのでよく知らないけど。騒ぎの大きさを見る限り、凄い人だったんだろうなって想像)。

 

これを果たすためには、刑期を全うすることは当然として、刑務所の中でも麻薬更生プログラムをしっかりと受け、刑期満了後も再び麻薬に手を出さないよう、互助会のような組織に加入して麻薬を断ち続ける必要がある。これらの実現には、国を挙げて変わっていかないといけない。刑務所の中を変えるのも、麻薬依存症者への福祉も、法律から変えていかないといけないから。

さらにこれらの実現で欠かせないのは世間の理解だ。「穢れ!」「呪われろ!」「一生檻の中にいやがれ!」なんて言ってたら、いつまでたっても、こういう人が社会に復帰できない。どころか、そんな生きにくい社会の中で、再び闇に飲まれて薬物に手を出してしまうかもしれない。こんなこと、みんな望んでる?

「悪いことしたのだから、一生苦しめばいい」って思ってるあなた。少し考えてほしいのだけど、あなたの凄く大切な人が犯罪を犯してしまったとして、同じ罵声を浴びせるつもりなのか?どんなに大切な人でも、犯罪を犯したらもう人間とは扱わなくなるのか?違うでしょ、真っ当な道に戻って、また笑顔を見せてほしいって思うでしょ?少なくとも僕は、そう思うね。大切な人には、また頑張って戻ってきてほしいし、笑顔でいてほしい。

 

西欧諸国の話では、犯罪を犯した未成年の親のもとには、多数の励ましの手紙が届くそうだ。翻って我が国はどうだろう。届くのはせいぜい、怨嗟の手紙くらいじゃないのか。

犯罪を犯した未成年の親の気持ちを考えれば、本当に辛くて辛くて仕方ない状況にあるというのは想像に難くないと思うんだけど。それに止めを刺すかのように、さらなる呪いをかけ続ける国民性のおどろおどろしさよな・・・。

終わりに

ピエール瀧に甘くしろって言ってんじゃないよ。彼は司法に裁かれる。然るべき報いを受ける。例えば懲役10年の刑に服するかもしれない。

けど、それを全うしたら、また社会の一員として暮らし始める。それをどう迎えるのか。どう支えるのか。それが、我々が考えるべきことなんじゃないの?そういうことを言いたいの。

いつまでも子供みたいに呪いの言葉を吐き続けてる場合じゃないでしょ。実家に嫌がらせをする暇があるなら、麻薬撲滅キャンペーンでも展開すればいいじゃん。憎むべきは、コカインを日本に入れる輩であり、売る輩なんじゃないのか。

普段、きれいごと言ったり無表情で何考えてるかわかんない、それの反動なのか知らないけど、悪いことをした人を見つけて総攻撃を仕掛けるこの国民性というか、民度の低さは、少しずつでも変えていかないといけない。物事の本質を曇らせる、日本社会の呪いを、時間をかけて解いていかないと。

 

なお、参考・・・というか過去に読んだこの本に、もっと専門的なアプローチで日本社会の「穢れ」や「空気」の概念が記されている。僕が引用できるほど単純な本ではなかったけど、犯罪が起きたことに対する考え方をガラリと変えてくれた本なのは間違いないので、興味のある人は読んでみて。