予告編見る限り面白そう。ってクチで映画館に足を運んだ管理人が感想をあけすけに書くよ。この映画はヤバかった・・・。
映画『パンク侍、斬られて候』公式サイト 6.30全国ロードショー
あらすじ
舞台は江戸時代。浪人・掛十之進(かけじゅうのしん)は仕官と報酬欲しさに、恐るべき災いを引き起こすとされる新興宗教団体「腹ふり党」の討伐を企てる。黒和藩(くろあえはん)重臣・内藤帯刀(ないとうたてわき)はこれを利用し、自分と対立する重臣の失脚を目論むが、教祖が捕縛された腹ふり党はすでに解散していた。内藤は偽の腹ふり党をねつ造する計画を企てるが、黒和藩に阿鼻叫喚の惨事が訪れる。
キャスト
掛十之進 - 綾野剛
ろん - 北川景子
黒和直仁 - 東出昌大
幕暮孫兵衛 - 染谷将太
茶山半郎 - 浅野忠信
大臼延珍 - 永瀬正敏[3]
真鍋五千郎 - 村上淳
オサム - 若葉竜也
長岡主馬 - 近藤公園
江下レの魂次 - 渋川清彦
大浦主膳 - 國村隼
内藤帯刀 - 豊川悦司
各キャラの役割
ここを押さえておかないと混乱しかねない。
掛十之進(かけじゅうのしん)
牢人。超人的剣客。腹ふり党対策の専門家を自称して黒和藩に入り込む。
長岡主馬(ながおかしゅめ)
黒和藩の藩士。掛を内藤に引き合わせる。
内藤帯刀(ないとうたてわき)
黒和藩の出頭家老。腹ふり党対策に乗じて大浦の失脚を目論む。
大浦主膳(おおうらしゅぜん)
黒和藩の次席家老。内藤とは少年時代から反目しあっている。
黒和直仁(くろあえなおひと)
黒和藩の藩主。度を越して真面目で融通の利かない人物。
幕暮孫兵衛(まくぼまごべえ)
大浦の用人。都合が悪くなると気絶する癖がある。
真鍋五千郎(まなべごせんろう)
超人的剣客。元は黒和藩の首切り役人で、現在も罪人の斬首や暗殺などを請け負っている。幕暮を通じて大浦に掛の暗殺を依頼される。
江下レの魂次(えげれのこんじ)
内藤に召し使われている密偵。腹ふり党の情報を集めるために黒和藩の隣の牛逐藩へ派遣される。
オサム
牛逐藩で雑傭仕事をしていた男。魂次の密書を内藤へ届けた。物を宙に浮かせたり燃やしたりする力を持つ。
茶山半郎(ちゃやまはんろう)
腹ふり党の元大幹部。現在は牛逐藩で暮らしている。顔面に珍妙な刺青をしている。
ろん
茶山の身のまわりの世話をしている美少女。
大臼延珍(でうすのぶうず)
黒和藩の「さるまわ奉行所」に居着いた猿。人語を解する。
ここまでは
を参照しました。
以下、カオスな感想です。
感想
えーっと・・・なんだろう。不思議な、というかとんでもない映画。まずストーリーを描いて観進めようとしても難しい。突拍子もない展開になる。
随所にギャグというかテンポの良いかけあい漫才のようなシーンがあり、観覧席からもたびたび笑いがこぼれるほど。
とおもえば、やたらシリアスな場面もあり、「え、これって、どうなるんだろう?」と観客を引き込んでみたかと思えば、おどけて笑いに戻したりなど、とにかく忙しい。
一言で表すならこの映画
「SF時代劇コメディ映画(メタ成分多め)」
ってところでしょうか。もう、わけわかんないですよね。
まずSF要素的なものですが、序盤の峠の会話で長岡主馬が「パニックになり申した。」と述べるシーンがあり、ん?パニックって英語じゃん。今回は時代劇で日本語しか喋らんのではなかったんかーい!という、時代劇なのにやたら横文字や若者言葉が入り乱れるあたりに「これは普通の時代劇じゃねえな」という確信に至るわけです、序盤から。まぁ「パンク侍」ってくらいですから、そりゃそうでしょうけど。
しかし、それだけにとどまらず、演出はさらにエスカレート。念力で物体を動かすわ、猿がしゃべるわ、しゃべる猿が天に昇ってそれを追うかのように猿が天に昇るわ、教祖は謎の壁に包まれた世界に移動するわ、ヘンテコな電撃が空気中を走るわ、でもうめっちゃくちゃなんですよ。雑なSF感が凄い。とにかく現実の物理法則に則ったものではない、ことは確か。
コメディ、は言うまでもなく。ギャグ多数、乗り突っ込み多数、小学生並みの下ネタまで用意されている。イメージとしては「勇者ヨシヒコ」かな。間を利用しつつ、軽快なギャグで畳みかけたり「うわー、ベッタベタじゃん・・・」という観ていてこっちが恥ずかしくなるような極度なベーシックネタまで用意されている。
そんでメタ成分。これがひどい。まず走りとして、内藤帯刀(以下「内藤」)と大浦主膳(以下「大浦」)の会話シーンで大浦主膳が言葉にしていない心の声(小説では「地の文」とも言いますね)を発しているのに、それを内藤がまるで聞いているかのようなリアクションをとる。おいおい、これは心の声じゃないんかい・・・。ここらへんで何やら「メタ」の嫌な予感がひしひしと。
そして極めつけはナレーションの声でしゃべる猿の大臼延珍(でうすのぶうず、以下「でうす」)が登場するあたり。もうわけわかんない。ナレーションなのか劇中のキャラの声なのか。でうすが登場したあともナレーションは変わらずの声なもんだから、混乱は深まるばかり。これは究極のメタだと思うのですよね。よくもまぁこんな思い切った演出をしたものです。でうすが主人公の掛十之進(かけじゅうのしん、以下「掛」)に対して本当に話しかけているのに、掛はナレーションの声だと思って安心していて、ネタばらしでビックリするシーンもあって、おいおいこれは悪乗りしすぎだろ(笑)と。
閑話休題。
結局、この物語はなんだったのか。謎は深まるばかり。
掛が序盤で物乞いの親子のうち父親をいきなり切り殺すあたりで「え、これちょっと酷すぎない?」と感じた。親子を腹ふり党の信者だと勘違いして、それを思わしくない掛は刀で殺してしまう。牢人って、こんなにいきなり人を殺すものなのか?かと思えば、その「腹ふり党」をダシに侍への士官を狙って藩に潜り込む掛。これといって崇高な使命や理想を持つわけでもなく、自分の欲望に忠実で怠惰な振る舞いをする掛に、ちょっと感情移入が難しい感じ。
しかも掛は超人的剣客という設定で、確かに物語上では剣の腕も身のこなしも一流と見る。にもかかわらず内藤に心の内を看破されて、生殺与奪を握られてしまう。おいおい、へんだぞ、超人的剣客がどうしてこんなに容易く誰かにひれ伏さねばならないのか。普通の侍に囲まれたところで、得意の剣術で一網打尽にはできないものなのか。物語を考慮したパワーバランスなのかわからないけど、掛は無敵ではないみたい。
そんで、でっち上げた腹ふり党の勢い。これが凄かった。当初数人~数十人程度で信者が活動すればOK、と目測していたにも関わらず結果的に数千人のダメ人間(信者)が量産されてしまう。その様は悲惨で、とにかく腹を振り続け乱れ商店を襲い城を焼き踊り狂うというもの。
これって、いったい何のオマージュなのか?現代人があまりにも色々なことに我慢しすぎて抑圧されて、それが解放されたら皆一様にこのように馬鹿にもなり得るんだぞ、という訓示的なものなのか。ずっと腹ふり党の存在意義について映画を観終わったあとも考え続けたけれど、結局答えは見いだせないままに終わってしまいました。いったい、何なんでしょうね?物語を盛り上げるための単なる創作に過ぎないのか、それとも、何か特別なメッセージが込められているのか。
時系列がズレますが、大浦がハメられて片田舎の猿回し奉行に任ぜられる下り。あれ、ちょっと好きです。今までは藩の中で泥沼の権力闘争を繰り広げてきた大浦が、猿と心を交わすことによって新しい充実した人生を歩み始める。権力闘争と、猿。一見、相反するものの2つは、密接な関係性があるのではないか?と思わせる演出でもありました。
なのに物語の後半では大浦は謎に掛に切られて死んでしまう。切られた瞬間「なんで内藤を切る必要があるのかーーー!?」と、心の中で思わず叫んでしまった。心を入れ替えて猿と平和に暮らす内藤を、殺すことはないだろうよ。あんまりじゃん・・・。
結局、腹ふり党は天に召されてほとんどが消失、猿は天に昇って消失、主要なキャラは殺されるか消失するかでいなくなり、残ったのは掛とろん。そこで序盤のフラグをこれでもかと回収するかの如く、掛はろんに殺されてしまうのであります。ここらへんは「あー、やっぱりそうか。」って感じで、意外性はなし。だって序盤でろんが掛に対して復讐のフラグをビンビンに立たせているのだもの。回収されて当然だよね。僕はむしろここで、序盤のフラグをあえて回収しないことで、さらにこの映画をカオスに彩ってくれるのではないかと期待したんですけどね。だって、今までさんざんカオスなことをやってきたんだもの、ここは行きつくところまでいきましょうよ!?って感じだったんですけど。惜しい。最後にきっちり回収ですわ。
各キャラの死因や結末
- 掛:ろんに復讐され竹ベラで腹を刺されて死亡
- 内藤:掛に斬られて死亡
- 大浦:掛に斬られて死亡
- 長岡:猿に顔を掻きむしられて死亡
- 黒和直人:腹ふり党に説得を試みて接近するも、飲み込まれて死亡(推定)
- 幕暮孫兵衛:腹ふりを極めて、ギョウチュウの腹から出る教義のとおり天に吸い込まれ消失
- 真鍋五千郎:序盤に掛と戦うシーンのみで、それ以降登場なし
- 江下レの魂次:ろんに告白するも秒で断られ腹ふり党に入信。乱戦の最中に内藤に腹を刺されて死亡
- オサム:乱戦で念力を使い人と猿を空中で爆発させ続けるも、藩士の弓を腹と頭に受け死亡
- 茶山半郎:乱戦の最中にふと我に返ると、白い壁に囲まれた場所に移動する。そして「寝るわ」と言い残して瞳を閉じる。生死不明。胡蝶の夢的な示唆に富むシーンである。
- ろん:掛に復讐を果たし、歩き去る。その後の足取りは不明。
- 大臼延珍:腹ふり党との決戦で全国の猿を動員し主となった人語を話す猿(ナレーターの声)。侍への道を望んで交渉するも、途中で止めて天に帰る(回転して柱となる。ほかの猿もそれに続く)
書いてて、わけがわからなくなってくる。謎だらけ。
おわりに
この映画で、皆様が何を持って帰るのか。それは人それぞれと思います。もしかしたら劇中には、ハっとするようなオマージュが含まれていて、僕はそれを単純に素通りしただけかもしれない。人によっては「あれは、こういう示唆を含んでいたんだよ。深い映画だった」とか気づいちゃうかもしれない。けど、残念ながら僕の貧弱な感性では、このレビューで手一杯ですよ。
ま、綾野剛の尻や阿呆な姿、北川景子の妖艶な演技、浅野忠信の謎キャラ、豊川悦司の若者言葉やウィンクが単純に見たい、それだけでお腹いっぱいになれるよ!って人は劇場に足を運んでも損はしないんじゃないかなー。