ポジ熊の人生記

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ZOZO前澤社長の1億円バラマキと藤田孝典氏の話

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株式会社ZOZOの前澤社長がTwitterで1億円(100万円×100人)プレゼントキャンペーンをしたのに対し、「下品だ」と指摘した藤田孝典氏の言説を眺めていて、感じることをつらつらと。

儲けてる人が自分の金で好きなことする分にはいいんじゃね

と、始めは思っていた。当初から賛否両論あったけれど、自分としては「べつにそこまで騒ぐことでもねえ」という感じで。

フォロー後にRTすることで100万円の抽選に応募したいかというとNOで、こんな確率の低いお金ちょうだいキャンペーンを自分のTwitterアカウントでRTすることでフォロワーにヘンテコな印象を与えるのも嫌だし、精神的に擦り減るのも得策ではない、ということで。

んで、しばらくこの件を忘れていたころにコレ。

藤田孝典氏の言説

新習志野で多くの派遣労働者と話をすることができた。前澤社長や田端氏は現場の倉庫には足を運んで派遣労働者の声を聞いていないことも理解できたし、匿名の彼女の訴えは真実だとも理解できた。実際に新習志野で話した20歳代前半男性の派遣労働者は「僕の時給は1000円です。個人情報を大量に管理していますし、この賃金では安いと思います。社長が1000億円もかけて月に行くというなら僕らの賃金を上げてもらいたいというのが正直なところです」と語った。

拝啓、ZOZO前澤友作様「1億円バラマキ、本当に下品です」

うん??

前澤さんは金ぴかの趣味をメディアなどで披露し、Twitterでも「こんなに納税しましたよ」とひけらかしているその裏側で、奴隷の如く地を這いつくばっている労働者の血をすすっていた、ということ??・・・というのは、藤田さんの言をそのまま丸呑みした考えであり、どこまでが本当かはわからん。

ただ、火のないところに煙は立たないし、見聞きした非正規労働者の数が少ないにせよ、大嘘を言っているとは思えないんだよな。

前澤社長だけじゃないよ、この話。全国津々浦々の儲けている企業の多くは、下々の痛みを金に換えて生きているんだ。

業の深いことではないか

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非正規労働者を酷使して得たお金を使ってSNSのフォロワー爆増させ我欲を満たすことの業の深さは、計り知れないものがある。そりゃ、「下品」と糾弾されても、おかしくはない。

神輿の担ぎ手がボロクソになっているなかで、神輿の上に乗って小銭をバラまき、リテラシーなき人たちの耳目を集めるとか、地獄絵図だろこれ。

さっきも言ったけれど、非正規労働者を使って荒稼ぎしている極卒はごまんと存在する。けれど、そのうえでSNSで金をバラまき耳目を集めようって人は、そんなにいないでしょ。なぜなら、そういうボロを突かれて人間性の卑しさが露になって、結果として損をするから。だからみんな、気配を殺して奴隷使役するんだよな。

でも、前澤氏は、やっちまった。自分の欲求を満たすために。

いやきっと深い闇があるんだろね、富裕層中の富裕層になっただけでは飽き足らず、自分の稼げているアピールを猛烈に繰り返したり、リスクの高いSNS上でヘリウム並みの軽さの発言を繰り出すんだから。いったい、彼には何があったのだろうか。お金では満たされない、心の隙間。そこが、今回の事の発端であると僕は思うんだよ。

自己責任論

いっておくけれど、僕は自己責任論は真っ向から反対するスタイル。なぜなら人間はそれぞれDNAも違うし、生まれも違うし、育つ環境も違うから。結局は運の良し悪し。成功者は後出しじゃんけん、生存者バイアスで滔々と成功譚を語りがちだけれども、その足元にはおびただしい数のむくろが転がっている、ということを考えれば、やっぱり自己責任論は否定していかなければいけない。どうしてここまで否定するのか、自己責任論に何の瑕疵があるのかというと、分母の大きい「不運な人」を国家(福祉)で包摂する力が弱まるからだ。すなわち、「弱者は野垂れ死ね」という社会を肯定することになる。こんなことがあってはいけない。もし、明日、僕が何らかの大事故に見舞われて半身不随になったとすれば、相対的には明らかに弱者となる。それで、もし世間が「それはお前の責任だ、好きでそうなったんだから助けねえよ」といってしまえば、もう僕は生きていくのが非常に困難になる。それはまっぴら御免だし、そんな仕打ちを受ければきっと世の中を呪って、自ら鬼籍に入る選択をするか、社会に対して復讐の刃を向けるだろう。

強者(強運者)は、ふんぞり返る。そして、豪華な暮らしを送り、欲求を存分に満たす。しかし、その豪華な暮らしや欲求を満たすコンテンツが無から自然と湧き上がるものだと思われては困る。社会全体で、分業しながら、みんなで力を合わせて色々なものを生み出しているからこそ、そういう生活が送れるんだよな。だとすると、「金のない奴は這いつくばれ」というのは、自分の首を真綿で締めているのと同じ所業なわけ。結局、宇宙船地球号ではないけれど、同じ星の下で同じ空気を吸って生きているんだから、他者を貶めるということは、タコが自分の手足を食っているようなもんなんです。あなたの貧困者たたきは、自分の足元をぐらつかせているんだよ、ということを肝に銘じてほしいもんです。

で、前澤氏はどうも、この「自己責任論」の方に考え方が寄っているみたいなんですよね。調べたところ、田端氏ほど過激に自己責任論を煽ってはいないけれど、包摂的に自己責任論を認める立場にある。これが何を意味しているのかというと、「非正規労働者も、不本意ながらその立場になったとはいえ、自分の責任もあるでしょ」というスタンスを打ち出していることにほかならない。これは、どうなんだ。社長として、あるべき姿なのだろうか。

従業員を叱咤激励して努力を促すことは罪ではなくむしろ必要なことだし、いいんだよな。けれど、待遇が悪く貧困にあえぐ人を生み出すような使役をしておいて、それで「自己責任論」を肯定するというのは、大変にギルティなことではなかろうか。さらに、件のSNSバラマキでしょ、完全なるevi。そりゃ、低賃金で働き蟻扱いされている人は恨み節もこぼしたくなるわなぁ。

今後の話

前澤氏は、やっちまったと思うよ。SNSバラマキ、その裏で非正規労働者を低賃金で雇用。もう、ここまで耳目を集めたのなら、獲得したTwitterのフォロワーではおさまりきらない、ZOZOの闇の部分が露になっていくはずだ。どうしてここまで派手に目立とうとするかなー。申し訳ないけれど、馬鹿だな、と。率直な感想。世の中の賢い(狡猾)な経営者は、奴隷使役しても財産自慢なんてしないんだ。

もし僕がお金をたくさん持つことになったとしても、そんなことはひけらかしはしないだろう。何故なら、そうすることで僕の周りに集まってくる人は「お金が欲しくて集まってくる人」で埋め尽くされるからだよ。宝くじが当たったら、親兄弟にも言っちゃ駄目っていうでしょ。あれと一緒。知れたら最後、名前も顔も知らない親戚からのラブコールで日夜悩まされることになる。お金というのは人生を助けると同時に、破滅もさせる。

前澤氏は今、膨大な数の「お金が欲しいフォロワー」に囲まれて一発キマった状態になっている。でも、もしだよ、前澤氏にお金がなくなったら、潮が引けるかの如く周りの人はいなくなると思う。別に、人間性で惹かれているわけじゃないからね、100万円をくれるかもしれない人、だから集まっているんだから。人の心はお金で買える、のではなく、お金の欲しい人の心はお金で買える、ただそれだけの話だ。

で、今回の件でZOZOが没落して会社としてぶっ潰れてしまう、というのは、あまり望ましいことではない。会社に勤めている人は生活に窮するかもしれないしね。じゃあなにを望むのかというと、こういう自己責任論を振りかざしながらお金をバラまく闇の深い人が社長になるのではなく、もっと社会に対して真摯に向き合い、人の心というものを誠心誠意考えられる人が船頭になってさ、自浄作用が働いていい会社になってもらうことだよな。いや、前澤氏でもいいよ、そういうスタンスに転向して、今までの自分を省みて方向転換できれば。

終わりに

金をもっても、それをSNSでひけらかすってのは、結局闇深い行為なんだよな。稼いでいるブロガーやアフィリエイターが収益自慢してフォロワー獲得するのも、同じ。あれも闇だよ。健全とは言えない。やっぱ、心のどっかに隙間があんだよな。稼ぐのは罪じゃないんだよ、お金の話だって、実際に死活問題なんだからさ、汚いとかそういう古めかしい考えは捨てて、全ての人が等しくお金を稼ぎやすい社会にすべきなんだよ。けど、「僕を見て、凄いでしょ、こんなに稼いだんだよ。収益報告見たい?なら有料だよ!」ってのは、ぶっちゃけ、見ていて不憫には思う。やっぱそういう人も、不運なんだな。満たされない欲求をネットで満たす。自分がこれだけ稼いでいる、ということを誇示して、そうでもしないと世間の注目を集められなくて。世間の注目を集めないと、まるで自分がこの世に存在していないんじゃないか、と寂寞感に襲われるからさ。前澤氏も、そうなのかもしれない。運のいい、自己肯定感をしっかり持てる人は、SNSでワーワー騒がなくても、生きているだけで満足できるものなのだから。

僕は、その境地には達せそうもない。なぜなら、こうやって自分のブログで人に見てもらいたくて発信を繰り返しているのだからね。心の闇を埋めるために。